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このネタを記事にすることにまだ編集長のOKは出ておらず、とりあえず先行取材をしている最中だ。朝まで二人でいた、という確証を取るのが第一歩だった。
「いいですよ、彩香さんとご一緒します。車取って来ますから、あの角にでも駐車して見張ることにしましょう」
返事も待たずに背を向けた賢太に、彩香は胸の内で感謝し手を合わせた。この寒い晩に人影のない公園で一人佇む勇気はなかったし、徹夜に近い日が続き体力的にもまいっている。三十六歳、もう若くは、ない。
マンションを見上げると、ちょうど例の角部屋に照明が灯ったところだった。調べではこの赤坂の高級マンションは藤堂雄一の東京オフィスだそうで、妻子は大阪の自宅マンションに住んでいるとのこと。
人権弁護士なるものがなぜそんなに金回りが良いのか、それだけでもスクープ記事が書けそうだ。
道路の角に賢太の白いプリウスが見え、彩香は車に向かった。
賢太は助手席のドアを開けると、コンビニで買ったらしいおにぎりとペットボトルの茶を差し出してくれた。
「で、彩香さんはあのW不倫の武田議員と大学時代の同級生だったって、本当ですか?」
「昔の話だわ」
コンビニのおにぎりを頬張りながら、彩香ははぐらかした。
旧姓は有吉。蘭子は法学部時代のクラスメイトだった。ゼミで顔を合わせるぐらいで特に親しい友人ではなかったが、或る出来事がきっかけで、嫌でも忘れられない名前となったのだった。
「あの議員さん、なかなかの美人ですよね」
賢太の言葉に、彩香は苦笑した。
―あら、武田君が、まさか堀口さんと付き合っているなんて、知らなかったわ。
いかにも驚いた様子で蘭子に告げられた時のことを、今でもよく覚えている。大学時代から派手でミス何とかにも選ばれた蘭子は、美しい顔を翳らせ、わざとらしく眉をひそめてから、嘲笑としか受け取れない勝利の笑みらしきものを唇に浮かべた。
まさか、とはどういう意味なのか、彩香には問い質す勇気さえ残っていなかった。
「女房が他の男のマンションを深夜に訪れている、って、当の旦那は気づいているんですかねえ」
賢太が吐き捨てた。
武田俊介、彩香の初恋の相手こそが蘭子の夫である。学生時代の爽やかな好青年の面影をふと思い起こしたが、現在の彼がどういう人物なのかは、もはや知るところではない。
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