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2.疑惑の確証
「どうして掲載できないんですか?」
彩香はデスクの言葉が信じられず、思わず上ずった声で問い質していた。
「掲載できない、とは言っていない。もう少し裏を取るべきだ、と言っている」
「男の車で男のマンションに行き朝帰り、現場は押さえました。不倫疑惑として書くには十分だと思いますけれど」
「だが相手が相手だ。タレントの不祥事とは違う。ここは裏取りを慎重に進め確証を取るべきだ、というのが編集長の考えで、私も同じ意見だ」
デスクの笹井が更なる慎重な取材を求める裏には、裏取りが足りないという以上の理由があるように思えた。
衆議院議員の不倫、それも幼い二人の娘を持ち、日頃から待機児童問題などで雄弁に政府を批判し、働く母親の代表のごとき顔をしていた議員の不倫である。
保守系自称イクメン議員の不倫スクープが大反響を呼び起こし、嬉しい増刷となった快挙をデスクが忘れたはずはない。
「それは、・・自民党議員の不倫は書けるが、国民党議員の不祥事はダメだ、という意味ですか?」
彩香は多少意地悪な質問をし、デスクがどう応えるのか、彼の顔を見つめた。
笹井は一瞬沈黙し、視線を泳がせると肩をすくめた。
「それも、ある。堀口君だってうちの上層部の政治的傾向を知らないわけじゃないだろう。しかし編集長は、国民が求める記事は党派に無関係に書く、と宣言している。与党であろうと野党であろうと、ママさん議員の不倫は立派なネタになる。
・・だが不倫の相手が相手だ。ここは慎重に慎重を重ねた裏取りが不可欠だ」
蘭子の不倫相手らしき藤堂雄一は左翼弁護士として高名で、リベラルを標榜するテレビ局の番組にもよく出演していた。
デスクの笹井が続けた。
「不倫発覚と書かずとも、疑惑として掲載しただけで、向こうから訴訟を起こされる可能性がないとは言えない。藤堂は国民党幹部とも親しく、党のブレインとして振る舞っている男だから、武田議員と自宅で仕事の打ち合わせをしていた、とか反論されたら記事の説得力が減じる」
「明け方まで自宅で打ち合わせ、ですか? それも武田議員は堂々と帰宅したわけではなく、早朝も早朝、四時半に玄関を出て来て、周囲を見渡して誰かに見られていないかチェックしてから、コソコソと男のマンションを出て議員宿舎へ帰宅したんですよ」
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