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「わかってるよ。だが左翼系の人間とコトを構えるとどうなるか、うちだって過去に痛い勉強をしているんだ」
溜息交じりに笹井が示唆したのは、某公共交通機関企業と過激派との関連を追及したスクープ記事の件に違いない。大学時代の報道研究会で耳にしたが、中刷り広告の掲示や駅ナカコンビニでの販売拒否、という反撃に遭ったそうだ。
ずいぶん昔の出来事だが、雑誌社にとって販売部数激減の記憶は、組織のDNAからそう簡単には消えないらしい。
「時代が違うと思いますけれど」と彩香は粘ってみた。
「当時は、そういう言論封殺に甘んじるしかなかったとしても、今はネットがあります。スクープ記事を封じるような動きが出たとしても、ネット市民がそれに異議を唱えて援護射撃してくれるんじゃないでしょうか」
「堀口君、君だってわかってるだろう。我々が恐れるべきは、ネットで右に左に往復ビンタを食らうことじゃない。いまだに影響力があるテレビを動かせず、お茶の間にスクープが届かないことなんだ」
彩香はテーブルの上に置かれたミネラルウォ―ターの瓶を取り、キャップを捻った。
デスクが言いたいことは、わかる。ネットの時代とは言え、ネットしか見ないような人達は総合誌をはじめ紙媒体メディアの主たる顧客層ではない。
雑誌を買って更に深読みしたい、と大衆に思わせるには、テレビのニュースやバラエティー番組で広範に報じてもらう必要がある。だから、総じてリベラルを気取るテレビ局に、意図的にスルーされ沈黙されてしまうことが、週刊真実としては一番の問題なのだ。
彼らの口を嫌でもこじ開ける、確実に視聴率が取れる強力な素材が必要だっだ。
「要するに、テレビ局が狂喜するような材料をもっと集めろ、ということですね」
観念した彩香が総括すると、デスクは安堵した表情を浮かべた。
「そうだ。一晩の密会ではなく、もっと状況証拠を固めてくれ。読者が、こいつは限りなく黒に近い、と思えるやつをな」
やれやれ、また徹夜の日々が続きそうだ。
彩香はミネラルウォ―ターをごくりと飲み、疲れた身体に再び闘志が漲るのを待った。
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