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3.女の敵は女
カウンターの向こうから、白い湯気が漂って来る。寒い晩にはおでんが一番だ。
「今日は残念でしたね」
ビールのグラスを傾けながら、賢太がそれほど残念そうにも聞こえない声で呟いた。
蘭子達を尾行し始めてからこれで三日目、昨晩は赤坂の小料理屋で二人で食事した後、男が先にマンションに戻り、蘭子がわざわざ遠回りをして五分後に同じマンションに入る現場を写真に収めることができた。
彼女がマンションの玄関に現れたのは今朝、前回と同じくまだあたりが薄暗い四時半頃である。
連日の徹夜に近い見張りで睡眠不足の彩香は、蘭子が夜を徹して仕事上のミーティングで男の家を訪ねているとは、到底信じられなかった。
この歳になってそんな無理をするとすぐに顔肌に現れてしまうはずだが、早朝に男のマンションを抜け出した同い年の蘭子は、薄化粧さえ施し、生き生きとさえ見えたからだ。正真正銘情事の後の顔でしょうが、と彩香は胸の内で舌を鳴らした。
「残念というより、助かったわ。三日も続けて徹夜の張り込みなんて、正直言って勘弁して欲しい」
今日は新代表を選んだ国民党の決起集会があり、蘭子は党の打ち上げレセプションの後、さすがに自宅に直帰してくれた。
「でも、また深夜に抜け出さないとも、限らない」
賢太が軽口を叩き、彩香は軽く彼をにらんだ。
「賢太君は私を殺す気なの? こっちはあなたみたいに若くないんだから、いくら仕事のためとはいえ、今日ぐらいは休ませてもらいたいわよ」
「彩香さんは、若いですよ。いつも好奇心旺盛で、食いついたら離れない」
「それって、コワイ女だ、って言いたいわけ?」
冗談を返しながら、空きっ腹に呑んだビールのせいか、彩香は自分の声が不必要な甘さを帯びていることに気づいた。
ほろ酔い気分で眺めると、賢太は整った顔立ちで、なかなかイイ男ではある。
隣のお兄ちゃん、といった雰囲気の、どこにでもいそうなイケメンだが、カメラを構えている時の他人を寄せつけない真剣な表情と、軽口を叩く時に眦を下げる柔和な顔のギャップに、惹かれないこともない。
もう少し若かったらこういう男に惚れていたかもしれない、と彩香はふと思い、突拍子もない考えに自嘲して頬を赤らめた。
「綺麗な人だねえ」
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