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マスターのおじさんの嬉しそうな声に顔を上げると、カウンター席の上に据えつけられたテレビがまさに武田蘭子を大きく映し出していた。
党の決起集会には政治部の同僚が取材に行っている。新執行部に入る見通しは、との質問に、蘭子が満面の笑みを浮かべて応じていた。
「どのような人選になろうと、私といたしましたは新代表と新執行部を全力で支え、国民の皆様の安心・安全な生活を実現すべく、国民党の一員として全身全霊で頑張る覚悟でございます・・」
テーブル客に料理を運んでいたおばさんが戻って来て、一緒に画面を見上げた。
「でもあの議員先生、なんかクサイ感じがするねえ」
馴染みのおばさんの呟きに耳を止め、彩香は尋ねてみた。
「おばさん、クサイって、どうしてそう思うわけ?」
「だって、あの胸ぐりの服でしょ? 議員になる前は外資系企業に勤めるキャリアウーマンだったそうだけれど、女優さんでもないのにああいう男ウケしそうな恰好するのは、どうかと思うわけ」
「そりゃ、お前のくだらん焼餅だろ? まさに才色兼備、ああいう人は女性に嫌われるから損だよね」
横からおじさんが茶々を入れると、おばさんが応じた。
「だってお前さん、あの先生はお子さんがまだ幼児だっていうのに、いつもピアスのイヤリングとかキラキラさせているじゃない。抱き上げた時に子供が怪我するんじゃないかって、老婆心で心配になるわよ」
傍で話を聞いていた賢太が苦笑して耳打ちした。
「ほら、女の敵は女、ってよく言いますけれど、まさに当たっているかも、ですね」
彩香は画面で喋り続けている蘭子の晴れがましい笑顔を見つめた。
女の敵は女。
カメラマンの賢太には内緒にしているが、今回のネタは、武田蘭子は藤堂雄一と不倫している、との怪文書が発端だ。スクープの成功が続いたお陰で、昨今は週刊真実に持ち込まれるネタが増え、その多くが内部リークだった。
蘭子に関する怪文書の出所は不明だが、おそらく国民党内部の人間ではないか、ということでデスクの笹井と彩香の意見は一致している。
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