1.果てぬ夜

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1.果てぬ夜

 晩秋の小雨が頬に冷たい。  堀口彩香はレインフードを更に目深にかぶり直し、両手をこすり合わせてかじかんだ指先を温めた。薄ピンクのネイルが剥げているのが気になるが、誰に見とがめられることもない、洒落たネイルなど不要な毎日だ。  彩香がいる小さな公園からは背丈ほどの生垣越しに、全面ガラス張りの瀟洒なマンションの玄関が見渡せた。玄関ロビーではシャンデリアが煌びやかな光を放っている。  赤坂にある高級マンションは36階建てだそうで、見上げると、ガラス窓の多くに暖色の照明が灯っていた。しかし、目を凝らしている上階角部屋の住居は暗いままで、住人はまだ帰宅していない。  いったいここで何をしているのだろう、と彩香は思わず溜息を洩らした。  ジャーナリストになろう、と勇んで新聞社に就職したはずだった。それが一歩間違えたことから辞表を出すハメになり、正統メディアへの再就職は思ったよりも難しく、フリーライターとして週刊真実に記事を書くことになった。  フリーランスのジャーナリスト、と言えば恰好いいが、実のところは出来高ベースの契約社員、雇用主である大衆誌が求めるスキャンダルを草の根を這うように追い駆けているに過ぎない。  何でこんなことになってしまったのだろう。  ある男の面影が脳裏を過ったが、彩香はあわてて頭を振り、その面影を振り払おうと努めた。もう終わった出来事だ。誰を恨んだところで、今さら何が変わるわけでもない。  それとも、あの時辞表を出したのはやはり若気の至りで、どんな陰口を叩かれようと、社に居座るべきだっただろうか。  そのこと、を思い出すたびに、苦い想いに胸をふさがれる。過去を振り向くな、と自分を戒めるたびに、後悔という言葉では言い尽くせない苦しさに胸を締めつけられる。それが社を追われた口惜しさなのか、それともあの男に対する未練なのか、今となっては曖昧だ。 「彩香さん、はい、スタバのコーヒー」  声に我に返ると、カメラマンの杉崎賢太がコーヒーカップを手に笑いかけてくれた。 「ありがとう。わざわざスタバまで行ってくれたんだ」 「彩香さんだと、スタバじゃないとコーヒーじゃない、みたいに怒られそうで」 「あら、私はセブンの百円コーヒーだって大好きよ。こういう寒い日には、缶コーヒーだって嬉しくなる」  熱いカップを受け取りながら、彩香は賢太と軽口を叩いた。
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