爪痕

「……もういいです。アナタがそういうのなら、きっとワタシが間違っているんだと思います。この話はなかったことにして頂いて結構です」

そして私は、彼に突き付けた離婚届をそっと手元に引き戻し、
手首を、掴まれました。

「ボクはこんなにこんなに、こんなにキミを愛しているのに！！　そんな、それだけの言葉で済ませようって言うのか！」

とても、とても痛かった。
それでも私は必死に堪えました。
何か一つでも、彼の起こした行動で私の感情が見えてしまえば、彼はそれを、「それ」と認識してしまうからです。

「……離してください」
「そ、そそうだ、もう一度愛し合おう。せ、セックスをしよう。そうすればすすす直ぐに、仲直り出来るだろう……な、な？　ああ、愛してる、愛してるんだよ、ね、いいだろ。なぁ、なぁ！　一回すれば、スッキリすれば、体を重ねれば、感じ合えば、き、きっときっときっと、きっとボクらやり直せるさ、なあそうだろ！？　なぁおい、なあ……！？」

彼は更に強い力で私を引寄せようとしてきます。そして自分のベルトをゆるめ、器用に衣服を脱ぎ捨て始めるのです。
なんて醜悪な生き物なんでしょう。私には最早彼が、人の形をした別の生き物に見えるのです。
私は痛みに、嫌悪感に耐えながら冷静に彼を拒みます。

「……しませんよ、体が繋がったとしても、心は冷めたままです」

「冷めてしまったのなら、温め直せばいいだろう……？」

「死んでしまった人間は、それでは元に戻りませんよ」

そう言って、優しく彼の手を剥がします。
彼は肩を怒らせながら、叫びました。

「キミは……キミはあああああぁぁ……あぁっっ！！　生きているだろうがぁぁぁっあああああ！！！！」