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3 馬車の中で
翌日は朝から雨が降っていた。薄桃色をしたゼラニウムの花に銀色の雨の雫が落ちて庭園の緑を映す、とても美しい夏の始まりだった。
スカーレットはエドワードとともに町へ行き、宝飾店で舞踏会へつけて行くアクセサリーを選んだ。色とりどりの華やかなアクセサリーを見てもいまいち心は浮き立たず、結局は店員からデビュタントに似合うと薦められた、繊細な金細工が施されたエメラルドのアクセサリーを購入して店を出た。
その帰りの馬車の中――。
スカーレットはエドワードと向かい合い、沈黙していた。
「どうしたんだ、スカーレット?今日は元気がなかっただろう。あんなに素敵な宝石を前にしても、君は少しも嬉しそうじゃなかった」
優しく手を握り、エドワードはスカーレットをまっすぐ見つめた。
「ごめんなさい、お義兄様。なんでもないの……ただ少し、不安なだけ」
透き通るようなエドワードの青灰色の瞳を前にしたら、本音を隠すことが出来なくなった。
思わず零した言葉に続いて、眦から温かい涙が溢れてきた。
「結婚なんて、嫌ならする必要はないんだ。僕がいつも守ってあげるよ。ずっと僕のそばにいればいい」
「でも、お義兄様……そんなわけにはいかないわ……」
「泣かないで、スカーレット。ごめんね」
エドワードはスカーレットの隣の席へ移ると、そっと肩を抱き寄せた。
「お義兄様……」
謝る必要なんか、ない。スカーレットが泣いたのは、嬉しかったからだ。
エドワードにかけられた言葉、それは幼い頃、少年たちにいじめられて泣いたスカーレットを慰めた時の言葉そのままだったのだから。
――大丈夫。僕がいつも、守ってあげるから。
灼熱の太陽が地面を照りつける真夏の午後、スカーレットは庭で見知らぬ三人の少年たちに出くわした。近くの村に住む彼らは、探検と称して伯爵の屋敷の敷地へ忍び込んできたのだ。年は十歳くらい、みな日焼けをしてわんぱくそうな顔つきだった。驚いて悲鳴を上げたスカーレットをぬかるんだ芝生の隅に突き飛ばして、少年たちは逃げ出した。その場で泣くことしか出来ないスカーレット。しかしいつの間にか後ろには、エドワードが建っていた。その後、泥だらけになって泣くスカーレットの手を引いて、エドワードは一緒に屋敷まで戻ってくれた。
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