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第三章 誤解、そして崩れる均衡
1 蝶の髪飾り
夕食が終わった後、スカーレットは立ち上がり去ろうとしたエドワードに近づき、その大きな手を掴んだ。
なるべくエドワードを見ないようにする。じっくりと見たらきっと、何も言えなくなってしまうから。
「どうしたんだ、スカーレット?」
訝しげに尋ねるエドワードの手の中へ、スカーレットはそっと蝶の髪飾りが握らせた。
「これ、お義兄様に返すわ。私には、もう似合わないし、これを着ける権利はないもの。……私はもう、子どもじゃないし、それにそのうち、結婚するつもりだから」
エドワードの手に蝶の髪飾りを置きながら、スカーレットは言った。
「スカーレット、いきなり何を言うんだ?これは僕が君に贈ったものだ。つける権利だとか、そんなものは考えなくて良いんだよ」
差し出した手を両手で包むように掴んで、エドワードは言った。
その瞳は心配そうに、まっすぐスカーレットを見つめている。
「……私、すごく嬉しかったの。絵本の蝶を見たいと言ったことを、お義兄様が覚えていてくれたこと。……だから、辛いの。お義兄様をいつも、思い出してしまうから。いずれ他の誰かの物になる私に、これを着ける資格なんてない」
美しい髪飾りを見るたびに、スカーレットは変わっていく自分を。
「どういうこと?僕には、君が何を言っているのか分からない……」
青灰色の瞳に、影が差す。表情には明らかな戸惑いの色が滲んでいた。
罪悪感が、じわじわと胸を蝕んでいく――。
「お義兄様のことを思うのが、辛いの。お義兄様のことを思わない日は、一日もないのだもの」
言い切るやいなや、スカーレットは駆け出した。
(私、なんてことを言ってしまったの)
たった今、自分の口をついて出た言葉が信じられなかった。
絶対に言ってはいけない言葉、ずっと我慢していた言葉。
それをとうとう、口にしてしまったのだ。
「待って、スカーレット!」
引きとめようとしたエドワードの腕を振り切って、スカーレットは自分の部屋へ戻り、寝台へ潜り込む。
全身がカタカタと震えて、後悔と不安で、押しつぶされてしまいそうだった。
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