金星の王子様

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 事務所に案内すると、母親と事務員の川田が色めきだっていろいろと質問攻めをし始めた。当の美形は慣れているのかさほど慌てている様子はない。しかし客ということには変わりないのだ。 「ちょっと、まだ内容聞いてないからお茶出して差し上げろよ!」 「なによあんた、イケメンを独り占めして~」 「そうですよ社長!ずるいです!」 「あ~はいはい俺が悪かったです、もういいから奥引っ込んで母さん。川田さん、お茶お願いしますよー」  ブツブツ言いながら母親は奥へ引っ込み、これまたブツブツ言いながら川田はお茶の用意へ向かった。気を取り直して、どこが調子が悪いのか、いつからその状態なのかということを伺った。 「…社長さんなのですね」 「え?ああ、…父が亡くなってまして。私が後を継いでます。びっくりしたでしょ?こんな若造がってかんじで」 「いえ、そんなことは」 「安心してください。他会社での経験もあります。腕は確かですよ、こう見えて」  そう言うと男はさらに驚いた表情をする。 「失礼ながら、ご年齢は…」 「二十六になりますかね」 「ああ、申し訳ありません…」 「…もしかして…」 「学生さんくらいの年齢かと…」  申し訳なさそうに顔を俯かせる彼にいいですって、と言葉をかけた。 「社長童顔ですもんねえ~」  顔をにやけさせながら川田がお茶を置く。客から言われるのと従業員から言われるのとではこうも気持ちが違うとは。孝志は片眉をあげながら川田の方を見ると失礼しましたあ~とそそくさと奥へ引っ込んでいった。 「本当に、すみません」 「いいえ、気にしてませんから!」 (随分丁寧な人なんだなあ)  ありがとうございます、というこの男に、そんな印象を抱いた。言動や所作にも品の良さというのが出ているため、本当にどこかの王子様なんてことないだろうかなどと余計なことを考えてしまった。  別に孝志はそこまで自分の童顔について不満に思ったことはないのだ。川田のようにからかってくる人物は少し面倒だと思うが。 「さて、私はお車の様子を見てまいります。しばらくお待ちください」  わかりました、と返事をしてお茶をすするこの美形はうちの事務所には不釣り合いだ、と孝志は思った。コーヒーの方が良かっただろうか。そういえばコーヒーを切らしているなどと母が言っていたような気がする。どのみち洒落たものは出せなかったということに至り少し気を落とす。  とりあえず今は車の様子を診るのが先決だ。 「さ~て、どこが痛いのか教えてくれよ」  そう言って高級車のボンネットを開けた。
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