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ふっと部屋の壁に描かれた絵を思い出す。そこにかかれたグリズリーの絵。
「ねえ、坊やのお母さんってどんな人だったの」
風で落ちそうになった帽子を直しながら尋ねる。ラフェンツは口にパンを頬張ったまま答えようとして、女性の背後をじっと見つめたまま眼を見開いた。
口の中のパンをゆっくり飲み込んで開く。指の先が震えていた。
「来る……」
瞳が更に大きくなり、ラフェンツは傍に置いていた大剣に手を伸ばした。そこに先ほどまでの子供らしさは無い。緊張した面持ちで女性の背後を見つめるラフェンツの瞳は爛々と輝き、笑みを浮かべた。指の先が震えているのは恐怖のせいでは無いと女性は直感した。
「坊や」
思わず身を引く。それはラフェンツの笑みが歪んだ闇を孕んでいる事に気が付いたからに他ならない。
路地の向こうで悲鳴が上がった。直後ラフェンツは疾走する。
身体の速度について行けず、帽子が宙に舞った。
「あの子は……」
過ぎ去ったのは瞬きしている暇もない短い時間だったが、女性ははっきりと見た。ラフェンツの帽子に隠されていたもの。それは突き出した耳。褐色の肌で横につき出た耳を持つ種族はたった一つ。
裏切られた思いで女性は後ろに下がった。
肩が誰かにぶつかる。謝ろうとして後ろを向いた女性の胸に鋭い痛みが走った。
「けけけけ……すまないねえ」
眼の前にいたのは白い仮面をつけた男だった。目の位置には笑顔のように弧を描いた穴、奥に青年自身の眼は見当たらない。代わりに深い闇が広がっていた。耳は人間にしては縦に長い。女性はゆっくりと青年の足元の方へと視線を移動させていく。青年の首は土色で青白い。細身ながらしっかりとした筋肉がついていた。来ている鎧はどこかの国の騎士のような立派なものだ。青年の腕が自分の身体を貫通していることを認識した瞬間、女性は喉から絶叫を走らせていた。
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