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「すごーい、痛くなくなった」
満面の笑みで驚くラフェンツ。
「気休めですよ。普通よりはこれで早く治ると思いますが」
次に足に手を翳し、そのあとは自分の怪我の手当てに専念する。
「あれ、ジンはどこに行ったの」
きょろきょろとラフェンツは空を見渡す。流石だ、空から監視されていたことに気が付いていたのだろう。
「そういえばそうで……うっ」
こめかみを指数本で押さえてアラシは蹲った。幻覚が見える。視界がまるで血で塗りつぶされていくように赤く、赤く染まっていく。天に伸ばされる無数の腕と苦しむ人々の姿。
「また救えなかった」
額の紋章が淡い光を帯びている。
「予知は当たってしまった」
アラシが睨んだ方向から現れたのは宿屋の息子、リックだった。手には銅の剣が握られている。
「全部お前らのせいだ」
やって来た少年の怒号に反応するようにラフェンツはおさめたばかりの剣を蹴りぬいた。幾分緊張しているようだった。
リックの身体には植物の蔓が巻きついていた。植物に気が付いているかどうかはさておき、身体に巻きついた蔓は皮膚を破り身体の中にまで入り込んでいた。
「……どうりであっさり引き上げるわけですね」
アラシは人の姿をした金髪の魔物を思い出して呟いた。リックの説得を易聞き入れ引き上げたのはすでにやることは終わっていたから。魔物の群れは布石、魔物の男にはラフェンツを見つけること以外の目的があった。
それがリックに巣くった植物だ。少年の背で花の蕾が開きかけている。
「あの花……なんかやだ。あれが近くにいるとみんなおかしくなるの。普段人を襲ったりする子じゃない子が急に人を襲いだしたり」
ラフェンツはじっと少年の背にある、花の蕾を見つめていた。魔物が急に凶暴化する時必ずその近くには花に寄生された生物がいたのを今までに何回も見たことがあった。
「石の花。憎悪や憎しみ悲しみを好み近くでもっとも大きくその感情を持つ生物に寄生し……花粉とその気配は魔物の感覚を狂わせる。今までも魔王が復活する度にこの花は地上に姿を現した」
宿屋の少年はアラシの予言に対し不信感を抱いていた。そしてあの魔物が殺したのはリックの母親だった。立ち去り際に母を失った悲しみと、アラシへの憎悪を見込まれ寄生させられたのだろう。
だとするともうリックの意識は本人が気付いていないだけで花に支配されている。手に握られている銅の剣が血に濡れているのは魔物をきったのではない。アラシへの憎しみと自分の母を殺した魔物への憎しみが、人間そのものへの憎しみに寄生によってすりかえられ、殺人衝動に駆られた。
「逃がしたのは失敗でしたか」
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