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第一話 少年、一人旅
緑眼の少年は、大きな剣をひきずっていた。幼い顔立ちではあったが、頬には痛々しい十字傷が残っている。剣は縦に背負うには大きすぎて、横にして背負っていた。もし地面が土ならば傾いて地面に通る跡を残してしまうだろう。
幼い子供が背負うには――いや、大人が持つにしても大きすぎる剣だった。
だが本人はすたすたと、ぺたぺたと剣の重さを感じさせない足取りで石造りの道を歩いていた。
ぺたぺた、ガリガリ、こつんこつん、ぺたぺた、ガリガリ、こつんこつん。
剣の鞘の先端に巻かれた布地は薄く擦り切れている。一歩歩くたびに音が後を追ってついてきた。
ぺたぺた、ガリ……。
ぐー。
お腹のなる音で少年――ラフェンツはぴたりと足を止めた。
ぐー。
立て続けにもう一度お腹が空腹を告げる。
「ぼうや、お腹が空いたのかい」
声を掛けて来たのは年配の女性だった。女性はラフェンツの後方をちらちらと確認しながら話しかける。目の前の少年の服装がマントで、所持品が皮袋と剣という旅人そのものの恰好だったので、他に誰か同行者がいるのかもしれないと思ったからだ。
今の時世、子供が一人で旅をするなんてあるわけがない。しかし少年の後ろには同行者らしい者の姿は無かった。
ここ百年魔物が目立って人を襲い出したお陰で、街と街の移動もままならない。
にも関わらず少年は一人だった。
「ここ、宿屋?」
女性が気遣いながら差し出してくれたパンを一口齧り、ラフェンツは看板を指差す。
「え、ええ」
迷子かしらと思いつつ、女性は少年を自分の家である宿へ招き入れた。
「お母さんとお父さんは一緒じゃないの?」
「一緒だよ」
人懐っこい笑顔に安堵して女性は、ラフェンツの口元を布巾で拭いた。クッキーを頬張った口元がミルク塗れになっていたからだ。親が一緒なら心配ない。きっと、逸れた親は心配して今頃必死に探しているだろう。
二枚、三枚とクッキーに手を伸ばすラフェンツは迷子だというのに呑気なものだ。心配しなくてもここは小さな町で宿は一軒しかなく、ここで待っていれば親が来るのを分かっているのかもしれない。
女性はラフェンツの頭に手を伸ばした。
「帽子、とっちゃ駄目」
まだ触れてもいないのにラフェンツはにっこりと、されどもキッパリ言い切った。
「村長さんがね、村から出たら寝るとき以外は帽子はとっちゃ駄目だって言ったの」
「どうしてなんだい?」
「そういえばどうしてだろう」
呟きながらラフェンツは首を傾げる。本当に理由を理解していないのだろう。
女性はラフェンツの黒い髪と赤褐色の肌を見て、ああそうかと納得した。ここは南の大陸でも、中央部のやや北部よりだ。きっと、この子はもっと南から来たに違いない。肌の色が明確に違うほど南から来たのなら、この辺とは文化や習慣が違っていてもおかしくはない。
「おや、お客さんですか」
声を掛けて来たのもこの宿の滞在客だった。瞳が青で髪が茶色の少年――アラシ。今はマントを外しているが、宿から出て行く時はいつもマントをつけている。彼の話を信じるなら年齢は十四歳で、肩に乗せている青い鳥と一人旅をしている。額には紋章が刻まれていた。
彼はラフェンツのように親と逸れたのではなく一人旅だそうだ。
彼と比較するなら、ラフェンツは十歳ぐらいか大きく見ても十二歳ぐらいといったところか。
子供を旅に出す親も、子供を旅に連れ出す親も宿屋の女将として言わせて貰うなら余程子供を愛していないと言える。
「こんにちは」
元気良く挨拶するラフェンツを確認して、アラシは微笑んだ。
「こんにちは」
肩に乗せている鳥が興味なさそうにそっぽを向いた。
「アラシ君もこっちに来て座りなさいよ」
旅人同士が同じ宿で挨拶を交わすのは別に珍しい事ではない。 ましてや同じ子供同士なら話も会うかもしれないと女将はアラシを手招く。
だが、アラシはやんわりと微笑むと誘いを断り、元来た廊下を戻ろうとする。
「ばいばい」
ラフェンツが手を振るとアラシもにこりと手を振った。
「では、また」
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