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廊下を戻るアラシの耳に風の音が言葉のように飛び込んでくる。
『あいつ……か?』
「ええ、言った通りの服装でしょう。褐色の肌、黒の髪、緑の瞳……間違いありません」
ばたばたとアラシの肩で鳥のジンが羽を羽ばたかせる。
『だが、あの風貌は――』
「分かっています」
静かにきっぱりと言い切る。笑顔よりも悲しげな、けれども無機質な感じのする今の表情がこの少年にはよく似合っていた。
「それでも彼がそうなんです」
白昼夢で見た光景をありありと思い出す。それはこの星の未来に必ず起こる事実。
『勇者なんて呼び名は後付けだって、お前も知っているだろう。世界を救う勇者なんていない。世界を救ったものが勇者と呼ばれるんだ』
「なら、尚更です。僕の見た未来は必ず近い将来訪れる。彼は、この星を救う……だから彼が勇者なんです」
ジンは羽ばたかせていた羽を閉じ、嘴を固く閉ざす。まるで鶏が先か、卵が先か言い合っているようだ。アラシの予知能力を疑う訳では無い。ただ、何となくさっき見たアラシよりも幼く見える少年が本当に予知で見た勇者なのか信じがたいだけだ。
口一杯にクッキーを頬張る姿はとてもそんな風には見えなかった。
けれども、アラシがそういうならと今は納得するしかない。
南の大陸では最も怖れられている種族の一つ。褐色の肌と突き出した耳、そして高い残虐性と戦闘能力を誇る忌まわしき種族。百年以上も前に滅んだとされる忌まわしき闇の血族。
少年の風貌には闇の血族と瓜二つだった。耳つきの帽子も尖った耳を隠すためだろう。
アラシがそのことに気づいていない筈が無いのだから……。
今のジンには見守るしかなかった。
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