第二話 思い出と落書き

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 気が付けば棚から降りて床に放り出していた大剣を握りしめていた。  母親と父親の姿がラフェンツの脳内で刷り変わる。見た事もない二人の男女の姿に。  金色の髪に白いワンピースの女性が、赤褐色の肌をした男の腕に抱きかかえられている。太陽のように笑う女の側で、忘れていた笑顔を取り戻したかのように薄く笑う男。  涙が溢れて止まらなかった。   「おい、何だよこの部屋!」 入って来た少年が大声で叫んだ。 「お前な、人様の家の壁に落書きしちゃ駄目だってことも教わらなかっ……た、のかよ」 「はうぅ!うにー、ごめん……ぼく夢中になっちゃって」  慌てて頭を下げようとするラフェンツの手を握って少年はきらきらした目で緑の瞳を覗き込んだ。 「すげえよ!俺、絵とか分かんないけどさ。なんか…すげえ!まるで生きてるみたいだ。ぬいぐるみ見ながら描いたのか。すげえな」  ぐるぐると壁を見回し、天井の鳥に気が付き頭を上に向けたまま固定する。 「これって、虹の鳥か?」 「虹の鳥? ううん、分かんない。気が付いたら描いてた」  そして少年は床を見て驚く。 「これ、虹の花だよな。じゃあ、やっぱりこれ虹の鳥だ。見たことあんのか?」 「花は村に咲いてたから。でも……鳥は……」  言い掛けて気が付く。  見た事がある。虹色に輝く尾の長い鳥、たしか旅に出る一日前だった……。 「うん、見た事ある」  答えるラフェンツの声は決して楽しそうではなかった。どちらかといえば、暗い。 「すげえな。虹の花自体、清らかな場所にしか咲かねえっていうし……ましてや虹の鳥を見た事あるなんて」  その時になってようやく少年はラフェンツが涙を流し続けていることに気がついた。 「どうしたんだよ」 「分かんない」  ぎゅっと剣を抱える腕に力をこめる。少年は壁に描かれた母親と父親グレズリーの絵を見てなるほどと頷いた。 「大丈夫だって。迎えに来るよお前の親父さんたち、ちょっと初めての街迷ってるだけだって」  今度はラフェンツが首を傾げる番だった。
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