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第四話 信じたい物
とてとてと走るラフェンツの姿は相変わらず背負っている大剣の重さを感じさせない。石畳に当たる度に繰り返されるごつんごつんという音がなければ誰もがその剣の重さを誤解するところだろう。噴水の広場で再びアラシと出会った時、アラシは真ん中が空洞になっている丸いパンを齧ろうとしていた。
「こんにちは、また会いましたね」
「あ、アラシ」
呼び止められたラフェンツは手をぶんぶん横に振りながらまるで子犬のようにすり寄って来る。
「今からパン屋でバイトですか」
「うん」
元気いっぱいに頷く姿は見るものをほのぼのさせるが、アラシはすっと目を細めてラフェンツの耳元に顔を近づけた。
「何か、ありましたか」
「え?」
一歩、後ろに下がった瞬間右手から握り締めていた金貨が転がり落ちる。ラフェンツは慌てて金貨を拾ったが表情はさびしげだった。
「いいことがあったんだ」
そう言って浮かべた笑顔も無理やり明るさを装っているように取れなくもない。
「金貨だよ、すごいでしょ」
逃げるようにラフェンツはアラシに背を向けた。走り去るラフェンツを目で追うアラシの頬をジンが嘴でつつく。
「あんまり嬉しそうじゃないな」
「大抵人が大金を渡すときは、その能力を認めるか……恐れている時です。多分あの子にはどちらの意味で金貨を貰ったのかが分かったのでしょう」
寂しそうに呟くとアラシは嘆息した。
「よくあることです」
手に持ったパンにようやくありつこうとして、アラシはまた齧るのを中断しなくてはいけなくなった。視界の向こうから走ってくる少年が見えたからだ。走ってきたのはアラシやラフェンツの泊まっている宿屋の息子だった。リックは息を切らしながらもアラシの顔から視線を逸らそうとしない。
「どういうことだよ!」
休む間もなくアラシに掴みかかる。
「どういうこととは?」
「ふざけるな! 母さんに何を言ったか俺が知らないとでも思うのか」
少年と言ってもアラシより体格も良ければ年だって上である。襟首を掴まれると宙にぶら下がったまま足が付かない。苦しくないことはなかったが黙ってアラシは少年を見つめた。酷く哀れむような目で……
「どういうことだよ! 後、三日の命だって! 出鱈目な予言してんじゃなえよ」
弁解はしなかった。ただじっと少年の瞳を見つめたまま何も喋らない。
「おい!何とか言えばどうなんだ」
『うろたえることないだろう』
口を開いたのはジンだった。少年は得体が知れないものを見るような目で、アラシの肩に止まった鳥を見るとアラシから手を離して尻餅をついた。
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