247人が本棚に入れています
本棚に追加
「ここを出る?」
「え?」
「俺もべつにいたいわけじゃないし。出る?」
「え、でも……」
戻りたくないのは山々だけど、さすがに躊躇う。
だって山梨さんを置いていくわけにもいかないし、それなら帰る口実を作らないといけないから。
迷う私をよそに、朔はスマホを出してどこかに電話をかけた。
「あ、山梨。
俺らこのまま帰るから。稲川は7時の予約だった?
そこだけ顔を出す」
『はー!? なんやそれ!
今お前どこやねん!トイレちゃうんか!』
「もうタクシーの中。お前そこの店員と知り合いなんだろ?
昔話もあるだろうし、あとで少しなら聞いてやる。じゃあ」
朔は言うだけ言って通話を切り、エレベーターのボタンを押した。
「ちょ、ちょっと! いいの?山梨さん……」
「いいんじゃない?
あいつ店員の男と知り合いみたいで、なんか話し込んでたし」
「え……」
その男って、まさか私の昔の男のことだろうか。
なにも言えなくなる私を横目に、朔はエレベーターに乗る。
「乗らないの」という無言の問いに、私も無言でエレベーターの中に足を踏み入れた。
最初のコメントを投稿しよう!