信司

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「欲しい」麻紀はそう思った。何かが欲しい、と思ったのは、久しぶりだった。 でも、自分は小遣いを持っていない。クレジットカードを使えば、必ずどの様な服を買ったのかチェックされる。こんな服は絶対に認めてくれない、叱られる。 諦めるしかないか・・・。結婚してから「仕方が無い」と、諦めることは得意になった。 一瞬でも、違う自分が見られて良かった、と思い、元の服に着替え試着した服を店員に戻した。 「いかがでした?」 「ええ、とてもいいんだけど・・・」 「それを、ください。サンダルも」麻紀の言葉を遮るように信司が言った。店員が新しい物があるか確認します、と言ってその場を離れた。 「えっ・・・、でも・・・」少し戸惑って、麻紀は口ごもった。 「付き合っている女性に、あんなに似合っている服を目の前にして、買わない男性はいないでしょう。」 付き合っていると思ってくれている、と、あの服が手に入る、と言う両方がとても嬉しかった。 店員のお辞儀を背に受けて、店を出た。本当は腕を絡めたい気持だったが、人目を気にして、並んで歩いた。 「いつも、M'S GRACYの服を着てるね。素敵だけど少し堅い感じがして。例えば、保護者会とかに似合いそうな・・・。好きなの?」 「今着ている服のイメージは夫の好みです。全部、夫が買ってきたの」 「なるほど・・・」 「このような服は一着も無いの。ありがとう」 麻紀はその服をとても気に入って、夏の間、信司と会うときは、よくその服を着て行った。そうすると、夏の終わりに「kate spade」で秋用のワンピースを買ってくれた。 今度は、同じ店で、自分では絶対に選べない(夫も認めないだろう)サクランボのピアスも買ってくれた。 「可愛い過ぎない?」ピアスを合わせながら麻紀は自分が33歳であるのを気にして言った。 「全然、違和感無いよ。とても似合って可愛い」 なんだが、綺麗と言われるよりも可愛いと言われて嬉しかった。
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