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ー The Big Apple ー
さすがはニューヨークで最もコーヒーが美味いと評判のカフェだけあって、外のテラス席はほぼ満席だった。ランチタイムはとうに過ぎたというのに、木洩れ日が射すテーブルには、スーツ姿のサラリーマン達がちらほら見受けられる。
ビルと人と車がひしめき合う戦場のようなこのミッドタウンで、カフェは企業戦士達の貴重な休息地。3時のティータイムまでゆっくりと過ごしつつ、携帯電話やPCを利用して仕事をこなすというのが、ニューヨーカー達に今流行りのビジネススタイルだ。
「それにしても遅いな……」
すっかりぬるくなったコーヒーを一口すすって、ライリー・サイドルはもう一度高級腕時計に視線を落とした。コーヒーと同じ褐色の肌に白いスーツはよく映えるが、シワの深い顔に口ヒゲが印象的なその風貌は、ビジネスマンというよりむしろ、軽快なジャズミュージックを奏でるサックス奏者に近い。
もう何本目かわからないタバコの先に、ライリーは慣れた手つきで火をつけた。テラスからハドソン川をぼんやり眺めていたそのとき―――
「君はタバコより葉巻の方が似合うよ」
しっとりと甘やかで、張りのある低い声音がそよ風に交じった。
「やぁ、ライリー。久しぶり。相変わらずセンスのいい腕時計してるじゃん」
「遅い。まったく、どれだけ人を待たせる気だ」
「ごめんごめん。可愛いニャンコちゃんがベッドから出してくれなくてさ」
向かいの席に颯爽と現れたのは、髪の色と同じ明るいチョコレートブラウンのサングラスを掛けた青年だ。年の頃は30代前半といったところだろう。日焼けとは無縁の澄んだ白肌に、ほんのり赤く色づいた形のいい唇。高い鼻に引っ掛けたサングラス越しからでも、切れ長の瞳がはっきりと見て取れる。
緩やかにウェーブのついた前髪を掻き上げると、彫刻のように美しい顔立ちの青年は大きなあくびをした。相手を1時間も待たせた事に悪びれたふうもなく、白いYシャツの胸元からキスマークを覗かせて、長い足を組みながらメニューを見る。
「それで、僕に話したい事って何?」
呼び止めたウェイトレスは、もろに青年の好みだった。エスプレッソを注文する際、ちゃっかり彼女の電話番号を聞き出したところまでは順調だったのだが、
「実は、オレの代わりにやってもらいたい仕事があるんだ」
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