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質問事項は頭の中に用意してある。一呼吸置いて、奏真は改めて部長と向き合った。
「サイバー攻撃を受けたのが14日。それを受けて総点検した際、4日前の10日の時点で既に、研究棟の『プログラム』保管用PCが、何者かにハッキングされていた痕跡を見つけたんですね?」
「そうです」
「ハッキングは失敗したようですが、『プログラム』の存在が社外に漏れていた可能性はありますか? もしそうなら、それが貴社の『プログラム』が狙われた原因とも考えられます」
問いに、中年部長は首を振った。
「それはないと思いますね。プロジェクトに関わるメンバーには守秘義務がありますし、何より皆プロジェクト成功に向けて努力しています。仲間や会社を裏切るような人間はいませんよ」
「ですが、社員も人です。魔がさす…という事だってあるでしょう。他社に買収されて、データの情報を持ち出したり盗もうとしたかも」
「プロジェクトメンバーが出退勤する際は、厳重なチェックを行っています。まぁ確かに、自社開発した『プログラム』を保管しているPCのパスコードは、開発に関わる一部の人間しか知りません。認証IDも彼らの物しか承認しませんので、メンバーの誰かを疑うのも当然ですが、管理部の報告ではSDやUSB等の記憶媒体にコピーされたり、どこかへ転送された形跡はなかったということです」
「なるほど…」
「そもそもハッキングなど無意味ですな」
妙に自信ありげな部長の口ぶりだった。少し乾いた唇に薄笑いを浮かべ、毅然と言い放つ。
「『プログラム』を保管しているPCには、我が社が独自開発した強力なセキュリティが入っていましてね。これもそのうち、社の主力商品として売り出す企画が進行中なんですが、どんな天才ハッカーでも尻尾を巻く難攻不落のセキュリティです。おかげで大事な『プログラム』を守る事ができましたよ。セキュリティの事は開発チームのメンバーなら誰でも知っている事ですから、ハッキングなんてムダな事はしないでしょう」
「そうですか…ハッキングした犯人は他者のIDを使用していますが、そのIDを使用されたという元社員の方に関して、情報を頂きたいんですが」
余裕の表情を見せていた部長の顔が、突然露骨に歪んだ。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。鼻を鳴らした部長が舌打ちした。
「ハッキングに利用されたのは、工藤大成という男です。この男なら今月9日に退職しましたよ」
「9日ですか…えっ? 9日っ!?」
うっかり聞き流しそうになったところで、奏真は意識を引き留めた。それまで営業用の澄まし顔をしていた部長が、嫌悪感をたっぷり含めて毒づく。
「そうですよ。まったく何を考えているんだか…今回の企画は我が社の社運をかけた一大プロジェクトで、開発した『次世代通信プログラム』は数千億単位の利益を生む大切な商品なんです。それなのに工藤という男はっ、開発チームの責任者という立場にありながらっ、無責任にも仕事を途中で放り出していきなり退職したんですよッ」
「は、はあ…」
あたかも工藤本人を前にしているかのように、部長の剣幕は相当なものだった。取り調べには慣れているはずの奏真でさえ、ちょっとばかり気圧されてしまう。
「あのぉ…工藤さんはなぜ退職なさったんですか?」
「はんッ、知らんよッ」
怒り心頭の部長は素っ気なく吐き捨てた。
「工藤は確かにプログラム開発に関しては天才でした。業界では技術革新に1世紀はかかると言われてきたこの『次世代通信プログラム』を完成させたのも、高度なセキュリティシステムを作ったのも工藤です。だから会社だってッ、他に取柄もないあんな奴に役員並みの厚待遇をしてきたんですよッ」
「な、なるほど…」
「それが『プログラム』が完成してようやく試験段階に入った途端ッ、突然一身上の都合を理由に退職届を送り付けてきてッ、そのままトンヅラしたんですよあの男はッ。無責任にも程があるッ」
語気荒く恨み言を吐き続ける部長に対して、奏真はこれ以上相手を刺激しないよう、気を付けながら問いかけた。
「送りつけた、というと?」
「言葉通り、郵送してきたんです。普通はまず上司に退職の意向を伝えて、業務の引継ぎをしてから退職するというのが常識ですがね。この男は7日の深夜に退社した後、翌日8日は無断欠勤した上にっ、退職届を郵送で済ませていなくなったんですッ。しかも荷物も何もかも全部残したままですよ!? 信じられますか!?」
「それは確かに、非常識というか、なんというか…」
「けしからん!!」
もはや部長の目には対面で顔を引きつらせている刑事など映っていないらしい。ここにはいない幻を相手に恨みのこもった眼をギラつかせながら、息荒く唾を飛ばす。
「こんな時に辞めるなんて身勝手な男ですッ。一応退職届は9日付けで受理しましたがね、開発責任者が突然辞めてしまったものだから、こっちはもうてんやわんやですよッ」
「えーと…その工藤さんのIDがハッキングに利用されたんですね?」
興奮し過ぎた上司に美人秘書がグラスを差し出す。慣れた手つきで即座に水を注ぐあたり、さすが重役秘書だ。
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