ー Undercover ー

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「ここから見えるあっちのビルが、研究棟なんですか?」 「そうです」  本社ビルと並ぶ研究棟は、棟と言っても本物のビルだった。こちら側はビルの裏口になるらしく、真っ白な巨体に組み込まれた窓ガラスには全て黒いフィルムが張られ、外部からは中が見えないように工夫されている。本社と研究棟の距離は公園一つ分ぐらいで、実際、中庭のような作りの空間を挟んで建てられていた。  部長が言った通り、研究棟の警備は厳重だ。豆粒にしか見えないが、裏口の所に立っているのは警備員だろう。事件の渦中にあるその『次世代通信プログラム』とやらは、よほど価値のある物らしい。 「貴社で開発されたその『プログラム』って、どんなものなんですか?」  置物と見間違うぐらい微動だにせず、階数表示板を見上げている秘書が視線だけ向けてきた。 「その質問は、捜査に必要なものですか?」 「いえ、単に個人的な興味です」 「………」  この沈黙が返事のようだ。余計な事は聞くなという声なき返答を受け取って、奏真は溜息交じりに外を眺めた。秘書一人から情報を聞き出す事すら出来ないとは情けない。ちょっと自己嫌悪している間にエレベーターが到着。肩にのし掛かる責任を物語るかのように、エレベーターに乗り込む足取りはひどく重たかった。 「いや~、ホント良かった。繁忙期だってのに、異動で4人も地方の支社に転勤しちゃってさぁ、人手不足で困ってたの。ホント、君が入ってくれて助かったぁ」  JIT本社8階、営業部・2課。広いオフィスにはざっと見ただけでも100人はいるだろう。端から順に営業1課・2課・3課と各セクションに分かれており、窓というにはあまりに大きなガラスの壁に囲まれた室内は、差し込む朝日の所為か、それともカラフルな洋服の影響か、一面灰色の庁舎とは別世界のように華やかだった。  綺麗にメイクした女性社員たちが、休憩室でモーニングコーヒーを楽しんでいる様は立食パーティを思わせ、外勤に出るらしい男性社員たちの装いにもどこか、無機質な警察組織にはない華がある。民間企業に来るのは初めての奏真にとっては、見るものすべてがひどく新鮮に映った。
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