ー Red Notice ー

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  人間、心底驚いた時にはこんな顔になるらしい。ゴースト・ユーザーは口を半開きにしたまま、何も言えず瞬きを繰り返している。だが、相手が放心状態から回復するのを待つ時間はない。奏真は手帳をしまうと早口で畳みかけた。 「佐野さん、あなたが『次世代通信プログラム』を不正に取得し、組織に売って大金を得ようとしている事も、工藤さんが組織の連中に拉致されている事も知っています。俺達は工藤さんを助けたいんです。どうか組織との取り引き場所を教えて下さい」  それまで呆然としていた佐野の眼に、闇が落ちた。陰鬱な気配が漂う、暗く濁った犯罪者特有の眼だ。爽やかな商社マンの顔が一変、暗い影が降りた面に不気味な薄笑いを浮かべると、佐野は口汚く吐き捨てた。   「は?組織にプログラムを売る?何の話だよ。証拠もナシにいきなり人に手錠なんか掛けやがって、不当逮捕で訴えてやる!」  「ミスター、往生際が悪いよ」  息巻く佐野に冷や水をかけたのは、取り押さえているFBI捜査官だった。 「君が警備員を薬で眠らせた所から、PCのデータをUSBメモリーに不正コピーしている所まで、バッチリ録画してあるからね」 「録画ぁ!?」 「そうさ。ああ、もちろん工藤さんしか知らないはずのパスコードを入力した部分も撮ってある。だからムダな抵抗はやめて、警察に協力しなよ。君だって工藤さんを死なせたくないだろ?」  決定打を打ち込まれ、佐野の顔から血の気が引いていくのが見て取れた。完全に青ざめた顔には、隠し切れない焦燥がうかがえる。少しの間、佐野は何かを思案しているかのように目を泳がせていたが、逃げ切れないと観念したのか、意外にもあっさりと白旗を上げた。 「…わかったよッ、認めればいいんだろッ」  チッと短く舌打って、佐野は不貞くされたように白状した。 「受け渡し場所は成田空港だ。国際線ターミナルの案内版付近で会う事になってる」  奏真はすぐに連絡を入れた。もちろん相手は上司の田辺だ。レンに言われ、ずっと携帯電話の電源は切っていた。無断でFBIと協力捜査した事も、定期報告を怠った事も、叱られる覚悟はできている。奏真は唾を飲んで待ち構えた。几帳面な上司はいつもコール5回の後に応答する。が、連絡を待っていたのか今回はすぐに出た。
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