ー Red Notice ー

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 田辺との通話に、別れの挨拶は不要だ。話し終えた瞬間にはもう、電話は切れている。とりあえず、これで工藤救出作戦は動き出した。  後は誘拐を扱う専門部隊に任せるとして、問題は、国内で不法に潜入捜査していたレンが罪に問われないよう、どう言い訳するか。  現状、何をしてもレンの行動は糾弾される。佐野の逮捕に協力した事を理由に情状酌量を訴えて、なんとか国外退去で済ませてもらえたら―――待ち受ける上司との論戦に、奏真が考え込んでいたとき。 「キラー・ビーだって? なんだそれ」  眉根を寄せた佐野が、訝しげに呟いた。後ろ手に掛けられた手錠が痛むのか、顔をしかめている。かつて、シャワー室で談笑した好青年とはまるで別人のような形相だ。化けの皮を剥ぎ取られたゴースト・ユーザーに、奏真は素っ気なく言い返した。 「佐野さん、今更とぼけるなよ。あんたがアメリカの闇マーケットを仕切る組織に、プログラムを売ろうとしている事はわかってるんだ」 「アメリカの闇マーケット? おい、一体何の話をしてるんだよ。俺の取り引き相手はロシア企業だぞ」 「は? ロシア?」 「そうだ。大成を拉致してる3人組はロシア人だよ」  唐突な自供に、言葉を失ったのは奏真の方だった。佐野が嘘をついているとは思えなかったからだ。全ての犯行を認めた今、佐野にそんな嘘をつくメリットはない。何がどうなっているのか、状況がつかめず混乱していた奏真の耳に、無数の足音が聞こえて来た。その足音に重なったのは、自分の名を呼ぶ聞き慣れた声。 「ソウマぁぁぁ!! 無事かぁぁぁ!!」  弾かれたように、奏真は視線を滑らせた。街灯の明かりが照らす夜の広場、本社の脇からぞろぞろと駆け寄って来たのは、武装した特殊部隊とそれを率いるスーツの男。十分な距離を取って立ち止まった指揮官の後ろで、特殊部隊が横一列に並んだ。一斉に盾を下ろした直後、すぐ後ろの一列が狩人のごとく銃を身構える。 「新庄先輩っ!? うわっ、対テロ部隊までっ」  同業とはいえ、さすがに奏真も驚いた。心配性の上司はパトカーと一緒に特殊部隊のオマケも付けてくれたらしい。気持ちは有り難いが、いくらなんでもハッカー相手にやり過ぎだろう。それにしても、随分と早いと到着だ。たった今連絡を入れたばかりなのに。
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