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ヒューヒューと口笛まで鳴らして盛り上げてくれた葛西課長に、引きつりながらもどうにか笑顔を返して、奏真はぎこちなく前を向き直した。いつもこうなのか上司のカモになっている新人に同情しているのか、見つめる皆の目はとても暖かい。それらの目を見渡しながら、背筋を正して声を張った。
「おはようございます。今日から2課でお世話になります、三木奏真です。営業という仕事は初めてなので、皆さんにご指導ご鞭撻を賜りながら精進します。どうぞよろしくお願いします!」
きっかり45度で一礼すると同時に、同僚達の大きな拍手が鳴り響いた。奏真としては普段通りの簡単な挨拶だったが、何が皆の興味を引いたのか、男子達は驚いたように、女子達はほんのり頬を赤くしながら、皆一様に感心したような表情をしている。ただ一人、隣でニヤニヤしている上司を除いて。
「いやいや三木くん、真面目だね~。軍隊の挨拶じゃないんだからさぁ、もっと気楽にいこうよ。ほらほら肩の力を抜いて、はいリラックスぅ~」
たぶんヨガのポーズか何かなんだろう、アマゾンの奥地に生息する部族の儀式みたいに変な動きで、葛西課長が深呼吸のジャスチャーをする。仕事柄、これまでいろんな犯罪者や精神異常者に会ってきたが、この手の種類は初めてだ。どう扱って良いかわからず困っていたら、合コン中の女子大生みたいな女性社員が助け舟を出してくれた。
「皆さん、私たちも三木さんに自己紹介しましょ~」
音頭を取った女子社員がそう言った時には既に、奏真の周りは同僚達のサークルが出来上がっていた。視点が定まらない程次々に、皆が我先にとばかり名乗ってくる。
「笹原美由です。飲み会担当でぇす」
「オレは成沢。よろしく」
「ぼぼぼ僕は…」
「飛田です」
「相川瑠奈ですぅ」
「俺、陣内ね」
「ぼぼぼ僕は…」
「主任の吉岡だ、当分は俺が仕事教えるよ」
もちろん全員なんて覚えきれるわけもなく、最後の方はほとんど聞き取る事すらできながったが、それでも一通り挨拶はできた。皆いい人そうだ。少し気が抜けたところで主任が言った。
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