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「はい…ところで吉岡主任、お聞きしたい事があるんですが」
「うん?」
「この営業2課って、一体何を売ってるんですか? 知能犯対策のソフトとか?」
次の瞬間、半径3メートル以内の社員が全員振り向いた。瞬間冷凍されたみたいにそのままの格好で沈黙している。これはまずい。奏真は心の中で自分に舌打ちした。変な質問をして必要以上に注目を浴びてしまった。今は極秘の潜入捜査中。決して目立つなと、田辺からキツく申し渡されたというのに。
「やっ、えっと、課が1・2・3と分かれてるんで、2課は何をするのかなと…すいませんっ。俺の勉強不足でしたっ」
立ち上がるや背筋を伸ばして、奏真はポカンとしている主任に頭を下げた。こうなったらもう謝って事態を収め、一刻も早く皆の記憶から自分が消えるよう神に祈るしかない。だが普段の行いがあまり良くないのか、奏真の願いは叶わなかった。課長席から勢いよく噴き出した笑い声が、オフィス中に響き渡った。
「ぷっ………ダハハハハっ、んもう、三木くん超オモロォ~!!」
葛西課長の笑い声と重なったのは、同じく周囲から一気に沸き起こった爆笑だ。
「おいおい三木さ~ん、知能犯って警察じゃないんだからさぁ」
「三木さん可愛いぃ~」
「そうだよねぇ。三木さん、営業初めてだもん、わかんないよねぇ」
「三木って前はどこで働いてたんだ?」
「あたし知ってるぅ! リオンだよね?」
「おお、スーパーの最大手じゃん。俺もよく嫁とチビ連れてショッピングモール行くよ」
スーパー最大手で新人教育か…と感心している場合じゃなかった。完全に他人事みたいに聞いてしまったが、それが"三木奏真"の職歴なのだ。偽の履歴を確認し終わらないうちに課長が迎えに来てしまった事など、言い訳にはできない。どこに"ゴースト・ユーザー"が潜んでいるかわからない現状では、ほんの些細なミスが命取りになるのだから。
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