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「君がお手上げなら僕もムリだよ」
「そんなことはない。外から手は出せなくても、中に入ればなんとかなる」
「中にって……えっ!? まさかっ」
愉快げに笑いながら、ライリーが頷いた。
「察しがいいなぁ。ま、そういう事だ」
「そういうコトだって、君ねぇ……」
「あぁ、それから例の“高級ワイン”だがな、色々あって、もう海外に出荷されちまってるんだ。お前、旅行は好きだろう?」
「旅行って……」
「まぁ詳しい事はワイナリーの“オーナー”に聞け。とにかく、老体のオレに海外旅行はキツイんでな、今回の案件からは手を引く。というわけで、代わりにお前を推薦しておいた」
「君ってホント強引だよね」
差し出した写真の上に、ライリーが名刺を乗せた。紙面にはあまりにも有名すぎるロゴの横に、これまた誰もが知る名前が印刷されている。
「今夜6時、アポイントを取っておいた。名刺の裏に書いてある場所でお前を待ってるそうだ。断っても構わんが、もしこの件を引き受けるんなら、早く出発した方がいいぞ」
「なんで?」
「ちょいと出荷先を覗いたら、誰かが“ワインセラー”に手を出した痕があってな。どうやら旅先のスイートルームには先客がいるらしい。早く動かんと、そいつに先を越されちまう」
「なるほどね」
「厳重施錠のワインセラーに招かざる客……とまぁ、今回の仕事は一筋縄じゃいかねぇ最高に難度の高いミッションってわけさ」
「最高に難度が高い……か」
青年の態度は相変わらずのんびりしたものだった。名刺を片手に、のほほんとコーヒーを味わっている。が、サングラスの奥の瞳はもう笑ってはいなかった。琥珀色の瞳はまるで別人のように鋭い光を帯びていて、形のいい唇にはどこか妖しい笑みが薄っすらと滲んでいる。
「ねぇライリー、その先客って僕らの同業者なのかい?」
「さぁな、オレにもわからん。現時点ではっきりしてるのは、判断能力が正常で頭がまともな奴なら、100%この件は引き受けないって事ぐらいだ」
「じゃ、なんで僕に話を持ってきたのさ?」
ライリーが鼻で笑った。
「そんなもん、オレが知る中でお前が一番のイカレ野郎だからに決まってるだろ」
「君ってホント失礼だよね」
とは言いつつも、最高難度のミッションという響きが青年はいたく気に入った。ここには単にコーヒーを飲みに来ただけで仕事を引き受けるつもりはなかったが、気が変わった。久しぶりに、誰かと登頂レースをするのも面白いかもしれない。
「コーヒーはオレのおごりだ」
話は済んだとばかり、ライリーが伝票を持って立ち上がった。
「ここはエッグベネディクトも美味いぞ。長居は危険だから、食うならテイクアウトにしろよ。オレはカミさんが待ってるんでな、これで失礼する」
「僕もこれ飲んだら帰るよ。スーツに着替えないとね」
「じゃあ、引き受けるのか?」
ティーカップを片手に、青年は柔らかく微笑んだ。
「一応、話だけは聞いてみようかな。ライバルまで参戦中なんて楽しそうだしね。それに、あのワイナリーの“オーナー”に恩を売っておいて損はない」
「そうか。では幸運を」
「あっ、ライリー待って」
踵を返してレジに向かう紳士の背中を、青年は呼び止めた。写真と名刺をポケットにしまいながら問いかける。
「ところで、今回の旅先ってどこなの?」
褐色の紳士は厚い唇の端を吊り上げると、悪戯っぽい微笑を添えて答えた。
「サムライの国だ」
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