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奏真に苦笑いに対して、
「「いや、マジな話だ」」
真顔のベテラン刑事二人の返事がきれいにハモった。一気に部屋が静まり返る。重苦しい沈黙を破ったのは、田辺課長の渋い声。
「とにかく、三堂は任務に専念しろ。いいか、お前が刑事だって事は誰にも悟られるなよ。なりすまし犯が仮に他社のスパイだったとしたら、他にも仲間が潜伏している可能性も十分にある。過去に潜入捜査中の警官が死亡したケースもあるんだ、心してかかれ」
「がんばれよ三堂ぉ~、骨は拾ってやるから安心しろ~」
「若いモンの殉職はヘコむなぁ」
「お二人とも、勝手に俺を殺さないで下さいよ」
半分笑っている50代コンビに、奏真が溜息をついたその時だ。
「よっ! 朝から盛り上がってるねぇ」
「おわっ!?」
突然背後から伸びてきた片腕に軽く首を絞められて、奏真は飛び上がった。視界の右端からぬぅっと現れた横顔には、いかにも女ウケしそうな微笑が張り付いている。
「おっはよう、ソウマ君」
「しっ、新庄先輩っ…!」
反射的に身を反らし、奏真は突如降って沸いた顔を凝視した。キスでもされかねない程近くにあるその顔は、警視庁に勤めてなくても皆が知っている霞が関の有名人だ。もっともこれだけ愛想を振りまけば、黙っていたって目立つだろうけど。
「先ぱっ…いえ、新庄管理官…」
「おやまぁ、ソウちゃんってば、制服なんて着込んでどうしたの?」
「これは、その、色々ありまして」
馴れ馴れしく肩を抱き、カツアゲ中の不良みたいに耳元で囁くこの男は、中学時代からの知り合いにして数少ない警察官僚の一人・新庄誠司警視。ヘアスタイル雑誌のモデルみたいにセットされた栗色の髪に、端正ながらもどこか柔らかさのある綺麗な顔立ち。スーツとネクタイの完璧なコーディネートを甘やかな香水でいろどる容貌は、もはや夜の繁華街で女を酔わせるホストにしか見えない。
だが、スーツの胸ポケットで光る金バッチは、見た目チャラいこの男が警察組織の中でもほんの一握りしかいないキャリア官僚である事を証明している。年はたった5歳しか差はないが、階級と年俸に大きな開きがある新庄にだけは、昔から奏真も頭が上がらなかった。
「――新庄管理官」
朝帰りのホストみたいな新庄とは対照的に、一寸の乱れもなくスーツを着こなした田辺が渋い声で訊ねた。
「会議はもう終わったんですか?」
「おう。アンダーカバーの件も今、JIT社のCEOから承認取って来たからバッチリだ。副総監から激励の御言葉も頂戴して、もう準備万端って感じ」
ようやく首から腕が離れていった。奏真が息つく傍らで、無機質な室内を見回しながら警視が言う。
「皆、田辺警部から聞いたと思うけど、今回の件はサイバー犯罪史上、例を見ない重複型事件で上層部だけじゃなく政府も関心を寄せている。けどまぁ、リキみ過ぎずいつも通りでいい。全責任はオレが取るから心配ご無用! それと…」
頭上から、新庄の視線と声が降ってきた。
「ソウマは明日からJIT社の営業マンな。会社には話を通してある。偽の社員証とか履歴書なんかは全部用意してくれるってさ。詳しくは協力者の統括部長に聞いてくれ。あんまりキメ込んでモテ過ぎるなよ~…それじゃあ諸君! いっちょヨロシクぅ!」
丁寧に一礼した田辺を筆頭にグルリと視線で部下達を見渡すと、ふざけ気味に軽く敬礼してから管理官は踵を返して部屋を出た。去り際、薔薇の花びらが舞ったように見えたのは気のせいだろうか。颯爽と去り行く長身の後ろ背に、頬を真っ赤にした羽田が甘い溜息をこぼしている。
「新庄管理官、かっこいいスね~」
ここにも一人、頬をピンクに染めてる奴がいた。恋する乙女の顔で遠ざかる背中を見つめながら、久保が甘ったるい溜息を漏らす。想像の中でそのボケ顔を一殴りしてから、奏真は廊下を進む背中を追った。すれ違う部下達の一礼に愛想よく応じている上司を小走りで追いかけ、その背中を呼び止める。
「新庄先ぱっ…管理官!」
ふと足を止めた新庄が、振り向きざまに微笑んだ。
「"先輩"でいいぞ。どうした?」
美顔に浮かべる笑顔は相変わらず気障ったらしいが、向けられたその瞳は幼い弟を見る兄のように優しい。
「あの、俺が口出しする事じゃないんですが…」
「今回の任務、自分には荷が重いって?」
「………」
どう答えてよいのかわからずに、奏真はただ沈黙したまま視線を泳がせた。そんな後輩の本音を見透かしたのか、クスクス笑いながら新庄が核心を突く。
「わかってるよ。自信がないんじゃなくて、もし任務をしくじった時に、上司の田辺やオレに迷惑かけるのが怖いんだろ?」
「正直、自信もないですよ」
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