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男の言葉は何一つ女の耳には入ってこなかった。だが別の敏感な部分が、男の声に心地よさを感じていた。男の声は低く、抑揚は少ないが、間の取り方が独特で、一つ一つの言葉が形になって、聞く者の頭の中に入り込んでくる。一度、侵入したそれらの言葉は、人の理性ではなく、感覚器官を刺激する。それは性行為における愛撫に近い。
「私は……」
女は頭の中で書き起こした抗議文を読む機会を男の唇によって失った。とっさに女は右手で男を突き放そうと胸元で掴んでいたシーツを放したが、男の体に触れる前にその細い手首を男の大きな左手ががっちりと掴んでいた。シーツが静かな音を立て、女の体を滑り落ちる。
女は左腕で滑り落ちるシーツを掴もうとして失敗し、あらわになった乳房を覆い隠したが、その細い腕では隠し切ることができなかった。
「お願い、見ないで」
女の目から涙があふれる。
「こんな身体、いや!」
女の左腕の上にピンク色の突起物が見えている。女は乳首をよりも下の乳房を隠していた。男は女の額に自分の額を押し付けながら、視線を胸元に落とし、右手を女の左肩に置き、ゆっくりと上腕から胸元に手を滑らせて行く。女は男の手の行方を眺めながら小さく首を振った。それが女にできる精一杯の抵抗だった。
「話は後だ。まずはじっくりと見せてもらおう」
もう女は何も抵抗しなかった。女の乳房が再びあらわになる。女の乳房から下に無数の痣がある。直径3センチから4センチくらいの痣が乳房の下のあたりから、腹部や脇から腰にかけある。その中には時間の経過によって消えかけているものもあるようだった。
「噛み痕か。面白いな」
男の言葉に反応し、女は掴まれていた右手を振りほどき、男の右頬を思い切り引っぱたいた。
「なんだ。まだそんな元気があるなら……」
男は女をベッドに押し倒し、覆いかぶさった。
「いったいどんな奴の呪詛を食らったんだ。これ以上情事を重ねれば、いよいよ俺に、その矛先が向くのか」
「あんた、死ぬわよ」
「いい女に殺されるのは本望とも言えるが、この歯形の持ち主が男だとしたら、ご免こうむりたいな」
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