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女の脳裏には降魔という単語が浮かぶ。
「あれは俺じゃない。雑誌の編集部が考えた名だ……、まぁ、最近ではすっかり慣れされてしまったし、田宮の性にあまり愛着もないがね」
どこか遠くを見るような目をした一郎を見て、女は少しだけ安堵した。
「そうだなぁ。キョウコがいい。響く子と書いて響子。俺と会うときはそれでいいだろう。響子」
抗議は一切受け付けない。男の目はそう言っている。
「俺は頭の悪い女は嫌いだ。手短に事実だけを話してもらおう。お前さんにはそれができるだろう」
人の心を弄ぶような物言い。ある部分を逆なで、またある部分を擽る。
「まず、私が困っている現象についてお話しましょう。それでよろしいかしら」
ペースを相手に握らせないよう、できる限りこちらが主導で話を進めること――この男を響子に紹介してくれた知人のアドバイスである。
「よろしい。しかし、その前にひとつ質問だ。答えたくなければ答えなくてもいい。誰の紹介で俺を知った?」
また主導権を奪い返された。
「あなたに降魔というペンネームを付けた倉田副編集長の知人の紹介よ。その知人はあなたに友人を殺されたと言っていたわ」
「新垣の知り合いか? その知人っていうのは」
「そうです。亡くなった新垣さんは大学の同期だったそうです」
「この件が終わったら、その知人とやらに会ってみたいものだ。冗談だ。そんな顔をするな。どうやら相当嫌われているらしいな。その知人にも、あんたにも」
響子は覚悟を決めた。この男に小細工は効かない。ありのままを見せるしかない。
「これを観てください」
響子は黒のワンピースのスカートを周囲に気付かれぬよう捲り上げた。白く決めの細かい肌。左の内側の腿があらわになる。
「ほう。噛み痕か」
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