噛み痕 Episode2

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 女の脳裏には降魔という単語が浮かぶ。 「あれは俺じゃない。雑誌の編集部が考えた名だ……、まぁ、最近ではすっかり慣れされてしまったし、田宮の性にあまり愛着もないがね」  どこか遠くを見るような目をした一郎を見て、女は少しだけ安堵した。 「そうだなぁ。キョウコがいい。響く子と書いて響子。俺と会うときはそれでいいだろう。響子」  抗議は一切受け付けない。男の目はそう言っている。 「俺は頭の悪い女は嫌いだ。手短に事実だけを話してもらおう。お前さんにはそれができるだろう」  人の心を弄ぶような物言い。ある部分を逆なで、またある部分を擽る。 「まず、私が困っている現象についてお話しましょう。それでよろしいかしら」  ペースを相手に握らせないよう、できる限りこちらが主導で話を進めること――この男を響子に紹介してくれた知人のアドバイスである。 「よろしい。しかし、その前にひとつ質問だ。答えたくなければ答えなくてもいい。誰の紹介で俺を知った?」  また主導権を奪い返された。 「あなたに降魔というペンネームを付けた倉田副編集長の知人の紹介よ。その知人はあなたに友人を殺されたと言っていたわ」 「新垣の知り合いか? その知人っていうのは」 「そうです。亡くなった新垣さんは大学の同期だったそうです」 「この件が終わったら、その知人とやらに会ってみたいものだ。冗談だ。そんな顔をするな。どうやら相当嫌われているらしいな。その知人にも、あんたにも」  響子は覚悟を決めた。この男に小細工は効かない。ありのままを見せるしかない。 「これを観てください」  響子は黒のワンピースのスカートを周囲に気付かれぬよう捲り上げた。白く決めの細かい肌。左の内側の腿があらわになる。 「ほう。噛み痕か」
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