ー French Coffee ー

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「話をしたかったんです。初めて会ったあの日から、毎日カフェに来てくれるあなたと、店員としてじゃなく個人的に話がしたかった……なら最初からそう言えば良かったんだけど、きっかけがなくて……理科の先生をしてるなら『教え方を教わりたい』って言えば、あなたとプライベートで会う口実ができると思ったの。でも、卑怯なやり方だったと思う。本当にごめんなさい! ウソついてすいませんでした!!」  もう一度、今度はさっきよりも深く腰を折って、ハルは誠心誠意あやまった。もうこれしか気持ちを伝える方法がない。バレた以上、見苦しく言い訳するようなマネはしたくなかった。正直に事情を話して、卑怯な小細工をしたことを詫びたかったのだ。例え、デレクが許してくれなくても。 「………」  デレクの沈黙が、重く体にのしかかる。サウスビーチの方から吹いてきたそよ風が、あたかも心を分かつように互いの間を吹き流れた。デレクは何も言わなかった。無言のまま体をひるがえして 、再びパークの出入口に向かって歩き出した。 「あっ、デレクっ、どうかこれだけは受け取って下さい!」  もう夢中だった。遠ざかる背中を再び引き止めると、ハルは半ば押し付けるようにして風呂敷包みをデレクの胸に差し出した。反射的に受け取ったデレクの顔をまともに見られないまま、もう一度頭を下げて訴える。 「来てくれたお礼に作った弁当です! 受け取るだけ受け取って下さい! 重箱は返さなくていい! あなたにあげる! おかずは俺がレシピを考えて作りました。気に入らなければ捨ててもいいからせめてっ、せめて何か1つだけでもっ、俺の作った料理を食べて下さい! お願いします!!」 「……」  やはり、返事はなかった。嘘をついて騙しておきながら料理を食べて欲しいなんて、我ながら厚かましいお願いだと思う。唯一の救いは、デレクが風呂敷包みを置いていかなかったこと。静かに踵を返すと、頭を下げて詫びるカフェ店員に声をかけることなく、デレクはその場を後にした。  ハルは力なく頭を上げた。灼熱の太陽が煌めく青空の下、ロイヤルブルーの長身がパークを出てゆく。トロピカルストリートを歩く影を、ハルは放心状態で眺めた。やがて、長身の影は通りを行き交う車に紛れて消えた。それでも名残惜しむかのように遠方を見つめながら、ハルはその場に立ち尽くした。 「……俺って、ほんとサイテー……」  溜息交じりに漏れた言葉が、潮風に乗って虚しく宙を彷徨った。
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