ー Cool Beauty ー

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「どうして君が他人のオレを祝うんだ? そんな義務はないだろう」  ハルは笑った。 「お祝いは義務でするもんじゃないよ。とにかくやろう、誕生日の前祝い! 俺、とびっきりウマい料理作るからさ……ね? デレクの都合は? 家はどこ? もちろん俺んちでもいいよ、狭いけど!」  勢いに圧倒されたのか、それとも無言の拒絶か、口を一文字に結んだままデレクは沈黙している。照りつける太陽の下、前髪の奥で切れ長の瞳を細めているその表情は、迷惑そうな顔に見えなくもない。だがハルは引かなかった。今まで即刻拒否していたデレクが答え渋っているということは、迷っている証拠。つまり脈アリってことだ。  少しの間、デレクは無表情で沈黙していた。けれど、よほど提案者の顔が面白かったのか、一文字に結んでいた口元に極微量の笑みが滲む。 「赤の他人を祝いたいとは、君は変わってるな」 「そう? 好きな人の誕生日を祝いたいって普通じゃない?」 「?」  眉根を寄せながら、デレクは難問でも解くように表情を硬くしている。言葉の真意を考えているようだ。今のが恋の告白だって、ちゃんと彼に伝わっていたらいいのだけれど。 「……君の言葉は正確性に欠けてるな」 だが、沈黙の後に返ってきたのは鋭い指摘だった。計算間違いでも正すように、デレクは淡々と述べた。 「"好きな人"の定義が曖昧な上、"普通"の基準も明確じゃない。他人を祝う根拠としては説得力に乏しい」 あらら。全く伝わってないみたいだ。こうなれば仕方ない。ハルは改めて想い人に向き合うと、ニコやかに直球を投げた。 「じゃあ、はっきり言うよ。俺、あなたが好きです。もちろん恋愛感情で」 「なっ……恋愛?」 初めて目にするデレクの動揺。凝然と見返すトルコブルーの瞳が困惑に揺れている。当然だろう。突然カフェの店員から、しかも同性から告白なんかされたら誰だって驚く。でも、対照的にハルは冷静だった。デレクの反応は想定内。次に会えたら告白すると決めていたから、今は想いを伝えることに集中した。 「俺、同性に恋したのはデレクが初めてなんだ。ハハっ、自分でもびっくり……あ、ごめん、いきなりこんなこと言われても困るよね。けど俺、本気ですから。ウソでもからかってるんでもない、真剣に、あなたが好きです」 「……」  じっとカフェ店員を見つめて、氷の男は再び押し黙った。耳の縁が少し赤くなっているのは暑さの影響だろうか。相変わらずお面のように硬い表情で、物言いたげに唇を震わせていたが、 「君は、その……」  少しためらいがちに、デレクが問いかけてきた。  「一緒にいる女性店員に好意を持ってるんじゃないのか?」 「えっ、キャロルのこと?」 頷いたデレクに片手を振って、ハルは必死に誤解を正した。 「いやっ、違う違う! 仲良しだけど彼女は親友だよ! そういうんじゃないっ、俺が好きなのはデレクだけ! マジでベタ惚れです!」 信号はもうすぐ青に変わろうとしている。横断歩道の奥をチラリと見ると、デレクはこれ以上の会話を拒むように体をひるがえした。 「……とりあえず、君の言う"好きな人"の意味は理解した」 覚悟していた拒絶反応はなかった。一応、気持ちは受け取ってくれたらしい。だが拒否されなかった代わりに返事もない。どうやら当たり障りなく聞き逃げするという大人技を使うようだ。そうはさせるまいと、ハルは咄嗟にデレクを引きとめた。生殺し状態のまま放置されるなんて御免だ。 「待って! ごめんっ、ベタ惚れとかキモかったよねっ。今は俺の気持ちなんか無視していいっ。 まずは友達になって下さい! 普通に友達として一緒に誕生日のお祝いさせてっ。 土曜は都合悪い!? だったら別の日にしようっ。俺はいつでもいいからさっ」  根負けしたのか、立ち止まったデレクは溜息をついた。暑さの所為か、微妙に頬が赤く色づいた顔を半分だけ向けると、滅びの呪文でも放つように呟いた。 「……サウスベイ・ストリート、1323番」 「はい?」 「土曜は会議がある……が、17時には帰宅してる」 「!!」  ようやくピンときた。嬉しさのあまりガッツポーズを取った時には既に、デレクは青になった横断歩道を渡っている。遠ざかるその背に向けて、ハルは思いっきり叫んだ。 「わかった! 行くよっ、絶対に行く! 最高の誕生日ディナー作るからね!」  点滅していた信号は、早くも赤に変わっていた。広いトロピカルストリートを挟んで別れた想いの人は、歩道で立ち止まるといつものように顔だけ後方に傾けた。対面から注がれる冷たいけれど柔らかい眼差し。ハルは背伸びしながら大きく手を振った。元気のいい笑顔を添えて。 「いってらっしゃいデレク! 明日もカフェで待ってます!!」  紙袋を抱え、片手を振りながらぴょんぴょん飛び跳ねている東洋人を、行き交う通行人が物珍しそうに眺めている。けれど、幸せの絶頂にいるハルには周囲の人間なんて見えてなかった。一秒でも長く、想いの人を見ていたい。 ストリートを流れ始めた車の波の狭間から、ゆっくりと、白い背中が遠ざかっていく。やがて長身の影は人込みの中に紛れ、ビル群の奥へと消えていった。 「ぐっ……ふふふふふふぅぅうう!!」  腹の底から湧き上がってくる歓喜の声。にんまりと開いた口から奇怪な笑い声を撒き散らして、ハルは背中を返らせながら煌めく太陽に吠えた。 「ダァ~っハハハハハハ! どうだ見たかっ、俺の強運! そして実力! 名づけて『引いてダメなら押してみろ作戦』だ! よっしゃ!! めっちゃ気合入ってきたぁ!! 今日から伊達巻の特訓する! そんで今年中に友達から彼氏に昇格してみせるぞぉぉぉおお!」  空に向かって叫ぶ変人を避けるように、通行人が距離を取って通り過ぎていく。夢の世界にどっぷり浸っていた所為で、ハルは肩を叩かれるまで背後の人影に全く気づかなかった。
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