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「天ぷらにしましょう。テーブルの上にカセットコンロおいて揚げたてを食べる。最後は蕎麦!天ぷらなにがいいですか?海老は外せないですね、かき揚げもいいな」  夕方になって多少元気になった宏之をタクシーに押し込み、彼の家に向かった。途中スーパーで降りて夕食の買い物をしている。今日は一日ぼうっとしていたくせに、料理の事になるととたんに元気になるのが不思議。 「あれ、関君?ああ、そうか!今日はおやすみだったかあ~」  スーパーを出たところで呼び止められた。  肌触りのよさそうなコットンのシャツにジーンズというシンプルな姿の男だった。帆布のトートを無造作に肩にかけ、微笑んでいる。 「秋元さん、お仕事ですか?」 「今日は先生のところに資料をお届けして少し打ち合わせがあってね。終わったら寄ろうかと思っていたけど、よく考えたらお休みだよね」  先生? 「いやあ、想像していた以上の美人さんだ」 「秋元さん!」  さて、わたしのことを知っているのはどういうわけだ?この男は宏之とどう関わっている? 「碧さん、秋元さんはお客さんで、たまに寄ってくれるんです」 「いきなり不躾に失礼しました。わたしは秋元と申します。小さな出版社に勤めておりまして、担当している先生の住まいがこの近くなので、ちょくちょく来るんですよ。それで給料日あとは関君の所で食べる寿司が楽しみでね。 『兄ちゃんの相手は和服の似合うとびきりの別嬪さんだ。あきらめな!兄ちゃんは売約済だ!』って、古谷さんが関君狙いの女性に片っ端から言うものだから「謎の和服美人」はあの店で結構な有名人ですよ」 「古谷さんが……」  困ったものだ、古谷さん相手に文句なんて言えないじゃないか。 「関君、今度先生と一緒にお邪魔するね。 実は「和服美人」には興味深々だったんだよ。男の人で少し驚いたけど、関君の顔をみれば一目瞭然だ」 「秋元さん?」 「背筋がピンとしてストイック、控えめな笑顔が関君だとばかり。なのにトロトロの笑顔をしてるから、思わず声をかけちゃった。じゃあ、また今度寄らせていただくね」  立ち去る背中を見詰める。わかっている、宏之とすべてを共有することは無理だ。でも、わたしの知らない宏之が見えると、どうしていいのかわからなくなる。  わたしだけが知っている沢山の事とわたしだけが知らない沢山の事。きちんと考えなくてはいけない――二人のあり方を。
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