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「コーヒーです。少し落ち着きますよ」  秋元さんはノロノロと顔をあげた。目はうるみ肌は青ざめて、一気に歳をとった男のように見える。無理もない、こんな出来事が身近な人間におこると想像できるか?できるはずもない。 「お二人はそんなことを乗り越えて一緒に?あぁ何ということだ。警察に相談は?」 「したところで無理です。なにせ実態がない。ヤクザの囲われ者の住まいにしてはおかしい何もない部屋の写真。生活費すら振り込まれていない通帳。飯田先生の撮った、凌辱後の写真。 それがどうした?って言われるだけでしょうね」 「そんな、証拠があるじゃないですか!」 「あくまでも状況証拠の前段階にしかならないものですよ。悔しいですけどね。 閉じ込められていた部屋、荷物を預けていた貸倉庫。それらの賃貸契約はシュン本人名義になっています。もともと住んでいた賃貸物件の解約、それも本人の申し出ということになっていますよ、書類上はね。 本人が関与していないといくら言っても「紙」が示すのは「関与」です。 シュンを監禁していた男の苗字と所属していた組の名前はわかっていますが、本人がこの世に存在しているのか、それすらわからない。当事者不在。 1年に渡って同居していた同性同士のレイプの立証は難しいものがあります。それを目撃した男たちの人数も名前もわからない。 グレーゾーンを巧みに操って世を渡っているヤクザ相手に正攻法で攻めても勝ち目はない。 だからシュンを世間に晒す気はない。わかっていただけますか?」 「そして、このルポライター騒ぎ?……クソっ!」  秋元さんが悪態をつくなんてびっくりだ。
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