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「不安、絶望、冷たさ。あなたはずっと、そこに埋もれていた。そしてそれが普通だったはずです。でも今のあなたにとって、不安や絶望は環境を指していませんね? 不安、絶望。それを聞いてあなたが思い浮かべるのは、一人の男」  グラスを握る手におもわず力がこもる。 「それは、その人が幸福、希望、暖かさと優しさをくれるから。失った時に飲み込まれる「裏側」に目が行くようになった。かつてはそこに埋もれていたというのに、そうでしょう?」  グウの音もでない。おっしゃるとおり、そのままだ。 「辛抱強く、優しい、そしてなによりあなたを必要としている。これはあなただけの問題ではありません、二人の問題です。不安はきちんと話なさい。絶望の意味をおしえてあげなさい。 他の恋愛と比べても解決にならない。あなた達だけのスタイルをつくればいいだけです。 そしてそれが、あなた達の「普通」になります。 「普通」に形なんかありませんよ。現に私の「普通」は『peur』ですから」 「どうしてmわたしに、そんな言葉を?」 「別に優しくしているわけではありません。先日言ったはずだ、普通であればあるほどに、あなたのSEXシーンは威力を増す。だから普通道を邁進してもらったほうが、なにかと好都合なだけです」 【 パチパチパチ 】  録音された拍手の音。軽やかで甘く、儚いピアノ。「waltz for debby」が終わり、少しの静寂のあと「detour ahead」が流れ始める。此処で何度も聞いたビル・エヴァンス。  空になったグラスを見て、帰ろうと思った。誰もいない、自分の部屋にもどってベッドに潜り込もう。まるであの日みたいじゃないか。まだ出会う前の宏之が水やりをする夢に涙した夜。 「帰る前に、ゆきちゃんのことを。沢木と知られた経緯を説明したほうがよさそうです」 「ああ、そうでしたね」 「アンニュイなあなたは素敵ですよ」 「また、フランス語ですか」
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