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【 コト 】  白く濁り緑がかった水色にも見える液体を満たしたグラスが置かれた。 「これは?」 「アブサンです。ヨモギやハーブが入っているので独特な香りを持っているので飲む人を選びます。 『人間失格』では、この酒が喪失の象徴としてでてきます。このお酒がらみならランボーをひきあいにだしてもいいですが、話が長くなるのでやめておきましょう。 どちらにしても今のあなたにぴったりです、アブサンは」  一口含むと、強い度数と薬の味……いや薬草のような香り。でも癖になりそうな風味。 「わたしにぴったりですか?」 「ええ、どうしようもないことをグズグズ悩んでいるから。自虐的な太宰の親戚みたいですよ。今日のあなたはね」 「色が綺麗ですね」 「そこもあなたにぴったりです。さて、ゆきちゃんですが」  しっかりと斉宮に視線を合わせる。よく考えたら、今日初めて斉宮の顔を見た。下ばかり見ていたらしい……情けない。宏之が横に居たら「ああ~~あ」そう言って笑わせてくれるはずだ。 「この店に男性二人連れがきました。元同僚の関係で、一人は作家として食べていく目途がたったので会社を辞めたから逢うのは久しぶりだと言っていました。 翌日仕事のある男性は先に帰りました。そして私相手にポツポツと後悔の話しをはじめたのです。高校生の頃にした恋、その先の後悔を。 どこか投げやりなくせに透明感のある柔和な雰囲気でね。それが波多家さんでした」  ゆきちゃんの大事な人、波多家シュン。 「桜沢の使いでここにきた吉川に目をつけられてしまった。波多家さんの元同僚である男がその後1ケ月ほどして来た時に、波多家さんと連絡がとれなくなったと言うわけです。 少し調べればすぐわかりました。波多家さんを攫って閉じ込めていましたよ。何度か諭しましたが、吉川はいう事を聞かなかった。 あなたは吉川の何か気に入らないことがあったのか、随分前から探りをいれていたみたいですね。よく帳簿まで引っ張り出したものだ」 「簡単ですよ、あの店長には随分と粉をかけられましたからね。 その先は少し聞きました。この店で吉川に目をつけられたらしいという手がかりだけで乗り込んだら、サイがいた。そう言っていました」 「吉川の身分は教えましたよ。若頭や組長に逢わせろと、最初はバカな若造かと思った」 「でも違った」 「そのとおり」
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