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【コト】  コースターの上におかれるトールグラス。注文しなくても、わたしが座ればこれが出てくる。「ジントニック」スタンダードなカクテル。  わたしはこれが好きだ。松脂に似た香りと甘さが鼻腔をくすぐり、ソーダで緩和されたアルコールが喉に沁みこんでいく。  タンカレーのボトルが忌々しい記憶を引き出すものになっていた時期、この男はジントニックを出してくれた。でも、もう大丈夫。次はロックを頼もう、たぶん片方の眉をあげるはずだ。 「あなたの作るお酒はいつも美味しいですね」 「褒め言葉は嬉しいですから、受け取っておきますよ」  斉宮はここにいるとバーテンダーにしか見えない。黒いベストにギャルソンエプロン、白いシャツ。  話しすぎることはない、でも寂しい思いもさせない。その距離感が与える安心感によって、知らずに客の口数が多くなる。グラスを拭きながら「そうでしたか」そんな相槌を打ち、どんどん吸収していく。  どこかで使える物が転がっていないか。噂話の中に隠れた真実。アルコールは人の口を軽くする。 「あなたが此処にくるのは久しぶりですね」 「ふっ」  おもわず笑ってしまった。知っているはずだ、この男が知らないことなんかない。この店にこない理由くらい、とっくに掴んでいる。 「他に行くところができたもので」 「らしいですね。ようやくリハビリの開始ですか」 「一つ聞いてもいいですか?」  眉が片方あげられる。  斉宮は普通の生活に戻って恋をしろと言った。その相手に過去を打ち明けて捕まえておけと。恐怖や蓄積された画像で脅し続けて手元に置く方が管理しやすいだろう。恋愛に浮かれている状況は制御しにくいはずだし、逃げ出す人間だっている。(逃げることが可能だと仮定してだが)
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