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ああと憂鬱になるのは何度めだろうか。『この体質』になったのはいつからだろう。そう考えていたが、考えることを放棄する。私が――貞照院珊瑚が『こう』なのは、物心がついたときからなのだから。
「栞坂くん、少しいいかな?」
私がそう言うと、学生食堂のテーブルに片腕を伸ばしながら突っ伏していた男――明願時栞坂くんは面倒そうに顔を上げた。眠りを妨げるなと言いたげに。
美しいと言えばいいのか、きれいすぎる顔を間近にしてしまえば緊張しかない。
「……なに?」
「その、栞坂くんは……、お札を、売ってるんだよね?」
早く言えよと先を促すような顔と声に答えるが、全体的に声が小さくなるのは配慮ゆえだ。周りにではなく私自身に対して。こういう売買がバレたら引かれてしまうのを防ぐために。
「お札なら、税抜き一万五千円。言っておくけど、ぼったくりではないよ。俺の力を籠めているから高くなるだけで」
「う、高い……」
「持ち合わせがないなら、ある分だけでいいよ。前金と後払いとでも思ってくれればいいし」
「あ、ありがとう」
霊的関係に強いとか、お札を売っているという話は友人伝に聞いていたけれど、肝心要の値段を聞くのを失念していた。謝辞を述べていいものかどうなのか迷ったが、ある分だけでいいというのは実に魅力的だ。ショルダーバッグからお財布を取り出すと、栞坂くんは「うん」と言った。と同時に、私の手首を掴む。
なんだろうかと思ったときには『それ』が消え去っている。お財布をくわえそうになっていたワンコの――チワワの霊が。
「――面倒くさいね。さっきから動物霊が寄ってきっぱなしだよ。【霊媒体質】さん」
「ちょっ、そういうことを大きな声で言わないでください!」
「大きな声なのは【霊媒体質】さんだから。俺はきちんと周りに配慮しているからね。ああもう、面倒くさい。芒はいないし、面倒くさい」
「芒? それって寂光院芒くんのこと?」
「そう、寂光院芒。俺の旧友であり、俺が一番好きな人ね。だからさ、気安く呼ばないでくれるかな? 同じ院という字が入っているからって調子に乗らないでね」
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