明願時栞坂の常

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 私はといえば、小さな憤りを飲み込むのに精一杯である――。     □  やって来たのは空き教室だ。研究棟にあるようだけれど、こちら側は初めて来たのでなにがなにやらである。芒くんたちは感嘆の声を上げながら周りを見渡すばかりの私を眺めていたが、【私を】というよりは、私の周りにいる動物霊たちを見ているのだろう。 「危険な目に遭ったことはある?」 「いえ……、私は見えるだけなので。触れることはできないし、声、というか音、ですかね? そういうのも聞こえません」 「そうなんだ、ありがとう。それでも、『見える』ということは繋がれるということだよ」 「『繋がれる』、ですか……?」 「解りやすく言えば、『憑かれる』。貞照院さんがどうであれ、『見える』人間は嫌でも関わりを持つことになる。善悪にかかわらずね」 「なるほど」  たしかに芒くんの言うとおりだ。『見える』ことで関わる確率が跳ね上がる。ゼロに対して、二倍にも三倍にも。それでも危ない目に遭ったことがないのは、幸運と呼ぶべきことだろう。 「いままでは危険な目に遭っていなかっただけであって、これからはどうなるのか誰にも解らない。気をつけるに越したことはないわけだ」 「はい。忠告痛み入ります」 「栞坂、お札」 「はい、どうぞ」  右手だけを隣に立つ栞坂くんに差し出せば、そこにはお札が乗せられる。きちんと包装された――和紙に包まれているお札が。キャンパス生地の無地のトートバッグから出されたほやほやの。  真っ白な包装が差し出されると同時に、「このまま部屋に飾ってね」という声が届く。このままという言葉に目を瞬くのはしかたがないことである。――包装を剥がすなと言っているのだから。  私の意図を汲んだ芒くんは、「大丈夫。このままでも十分使えるよ」と笑んだ。芒くんが言うのだからそういうものなのだと納得しつつ、ふたたびカバン――ショルダーバッグからお財布を取り出して代金を払う。持ち合わせの五千円だけだけども。 「残りは明日払いますね」 「慌てなくていいよ。こちらも急ぐ気はないし、一週間以内で大丈夫だから。効果がなかったら返金するので安心してください」  クーリングオフも使えるなんて、なんて良心的なんだろう。こういう感じのは、返金は難しいことが多いらしいのに。だからみんな、栞坂くんを頼るんだなー。
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