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絞り出すように呟いた声は、一人の部屋の中、消えていった。
母は、私を殺そうとした。彼女は、恐らく仕事のストレスによる精神疾患だった。
しかし、医者はしばらく様子を見ましょうと言って薬を出すだけだった。
母の症状は良くならない。そしてある日、私と父に包丁を向けた。
母は刑務所。父はあの世。私はあの家を出て、大学の近くにアパートを借りた。
『あ、あの子だよ。殺人犯の子!』
友達もいなくなり、教授からも白い目で見られ、誰にも会いたくなくなった。今度は、私が――精神疾患だと診断された。
当然、大学もやめた。
しかし生活っていうのは、身体に染み付いているらしい。今まで勉強にサークルに励んでいた身体は、動くことを欲していた。私は、医者に働きたいと申し出た。
『無理しちゃダメだよ。絶対、週一で診察に来ること』
それを条件に、バイトを始めたのだ。
でも、結局――ストレスもトラウマも、何も改善していない。やっぱり医者が正しかったのかもしれない。
頭の片隅では、医者に行けばいいとわかってる。でもそれは、大部分を支配する思考にうやむやにされる。
私は、海沿いの国道に原付を走らせていた。コンビニの前を通りすぎ、砂浜を横目に見て。
昨日とは違う、元の青。
あの青に抱かれて死ねたら、どんなに幸せなんだろう。一目惚れしたあの青に。
海の端。神社の前まで来てヘルメットを取ると、呼吸が苦しいほどの向かい風が吹き付けた。青はキラキラと輝いているけど、よく見ると少し波が高くて、昨日の気配を残している。
私は岸壁に立つ。ああ、今なら死ねるだろうな。目をつむると、くらりと身体が傾いた。
「南さん!!」
その声に、目を見開く。視界に入ってきたのは、迫り来る海面。
ドボンと鈍い音の後に、何かが弾ける音がする。サラサラサラと何かが聞こえる。それらを遮るように、耳に水が入ってくる。
あ、抵抗できないな――。
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