第1章

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私が思わず漏らした声に、祖父は穏やかそうに笑って答えた。 「いや、あの海岸の端にある神社に奉られている神様でな。あの海で自殺した恋人に報いるために、龍になりあの海を守っているという言い伝えがあるんだ。もう、海によって亡くなる人などいないように――」  その龍神を、瀬乃海神(せのうみのかみ)という――。 *****  あの神社の意味なんて、考えたことがなかった。あれは恋人を想い、海を見守る瀬乃海神にちなんで無病息災の神社であり、縁結びの神社でもあるそうだ。  私はあれから、バイトに復帰することなく辞めた。主治医とも相談し、しばらく祖父の家で療養した方がいいという話に落ち着いたのだ。  正直、彼の正体が何なのかは、わからない。本当は人間だったのかもしれないし、実は幽霊だったのかもしれない。でも、もし神様だったのなら――。  祖父の家の縁側で、夕焼け空を見上げる。風鈴が涼しげに音を立てた。  水の中で見た、キラキラとした鱗を思い出す。いやにはっきり聞こえた、鈴のような音も。あれは幻だったのかな、それとも本物だったのかな。  わからないけれど、きっと彼は今でもあのコンビニに通いながら、海を見守っているのだろう。そんな気がしている。
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