第1章

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 私がそこに勤め始めたのは、海が綺麗だったからだ。海岸沿いに走る国道。木々の間から見える海は、キラキラと眩しかった。  大学をやめ、ニートになった私。最初はのんびりするつもりだった。でも、今まで身体にしみついたものは、それを許さなかった。  一ヶ月もしないうちに部屋を飛び出した。原付で走っていると、このコンビニに行き着いた。 「1,021円になります」 客につり銭を渡し、頭を下げる。コンビニ業は長時間立ちっぱなしだし、やることは多くてあちこち動き回るし、足が疲れてしまう。でも、なんとなく今が幸せだと思う。 「会計お願いしまーす」 陳列に気を取られていた。見ると、彼がレジの前に立っている。 「すみません、瀬乃さん」 彼はよくここに来る。家が近くで元々この店の従業員だったと言うが、今は辞めたらしい。 「777円になります」 「お、ラッキーセブンじゃん!」 彼はニカリと笑い、100円玉と10円玉と1円玉を7枚ずつ出した。また数えるのが大変だなと思いつつ、しっかり数えてレジに入れる。彼は今袋詰めをして渡したばかりの商品を漁っていた。 「はい」 レジに置かれたオロナミンC。私は混乱した。 「え?」 彼は出入口に向かいながら片手を挙げる。 「奢りだから。バイト、頑張って」 退店のメロディーが鳴りやんで、私はやっと我に返った。奢ってもらってしまった。お客さんに。  従業員同士ならよくあることだった。元々ここで働いていたと言うなら、彼にとっても特別なことではないのだろう。けれど、もう従業員じゃないのに。お客さんなのに。  私はそれを事務所に置きに行く。ふっと、彼の去り行く背中を思い出す。その蓋を開けて一口飲むと、炭酸が身体の中で弾けた。  外に出ると、潮風が薫る。子どものはしゃぐ声がした。  海が近いということは、観光地も近い。ほんの200メートル南には、砂浜が広がっていた。
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