第1章

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隣はメビウス・ライトだ。自分の吸っているタバコくらい、言えるようにしてほしい……。中にはぶっきらぼうだけど、「メビウスライトボックス2つ」などと流れるように言える人もいるのに。 「失礼しました」と手を伸ばしかけたとき、また後ろで声がした。 「カートンなんだけど」 心の奥で何かがカチンと音を立てた。しかし私はくるりと振り向いて笑顔を作る。そう、こういう時こそ笑顔なのだ。 「1カートンで宜しいでしょうか?」 「いつも2カートンだろ」 「少々お待ちくださいませ」 タバコ2カートンを買って、やっとおじさんは出ていった。彼を見送りながら、心底理不尽な思いに駆られる。このバイト以外は特にすることのない私は、ほぼ毎日店に出てるけど、あのおじさんに会った記憶はなかった。 「大変だねー……」 半ば引きながら瀬乃さんは言った。 「みんな、瀬乃さんみたいな神様ならいいんですけどね」 「え?」 彼が目を丸くする。しまった、と思った。瀬乃さんを神様みたいだと思うのは、あくまで私の心の中の話なのだ。 「あ、いや、みんな瀬乃さんみたいなお客さんだったらいいのになーって」 彼はふっと息を吐いた。見ると、困ったように、でも心なしか嬉しそうにはにかんでいる。なんだか少し気恥ずかしくなってきてしまった。 その時、コロッケが揚がる音がして、思わず「あ、揚がった」と呟いた。フライヤーには網を引っ掛けておく場所があって、設定した時間になると勝手に網が上がるシステムなのである。その機械音で揚がったことがわかるのだ。 「ま、いいや。バイト頑張って」 「はい」 瀬乃さんに背を向けて、フライヤールームに入る。あのおじさんが疫病神なら、瀬乃さんは福の神と言ったところか。  木立さんも掃除を終えて戻ってきた。事務所の電話が鳴る。私がコロッケを並べているのを見て、木立さんは咄嗟に「俺が出るよ」と事務所へ入っていった。  ふっとメビウス・ライトが残り3つなのが目に入った。確かタバコの入荷は明日だったはず。あのおじさん、2カートンも買っていったけど、あるかな……。  ガチャリと音がして、木立さんが出てきた。
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