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―序章―
日曜日の大通り。
歩いているだけでぶつかりそうな人間の波の中、着こんだコートのポケットに両手を突っこみ、不器用な足どりで前へ前へと突き進んで行くうしろ姿を見失わないよう、慣れたテンポで歩を進める。やや速めの、いつもと変わらぬそのペースに唇からこぼれる息がほのかに白い。
少し前までは衣替えた冬の装いが汗ばむくらいだったのに、ここ数日で一気に空気が変わった。ぴりりと頬を突く木枯らしは、規則正しく道なりに並んだ落葉樹の葉を無遠慮にひきはがし、それらをたわいなくくるくると躍らせている。
ありふれた、ささやかな初冬の情景――。
しかしながら、今のオレはそんな雑感にひたる余裕などない。
「まったく……逃げ足だけは速いというか」
冷たい風をまといながら、たおやかになびいている淡い栗色の髪に目を細める。遠目からながめるそれは、冬のわずかな陽の光を浴びて、自由気ままにさわさわと揺れていた。
綺麗だな、と思った。触れると消えてしまいそうだ。
こういうとき、ふと考える。
どれほど近くにいても、オレは永遠にこのひとに手が届かないのではないか、と――……。
そんなつかみどころのない不安をかき消しながら、ずんずんと容赦なく遠ざかっていく背中を慌てて追いかけた。
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