焦らず、感じろ、海の声を

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しかしアパートに戻って更に呆然とする。何でかって、自分達の荷物が全部外に出てるし、引っ越しの為の車が停まってる。その車の近くに人が居て、大家さんと何やら話している。 「あ、あの?」 近くまで行って声をかけたら女の人で、嬉しそうにしきりに"ありがとう、これでこの町に住めるわ"、なんて言われて両手を握られた。そのまま、呆然としていたらアトラスが"こちらこそ、"なんて……。 「で、これは全部、お前の仕業か」 「そう、早く戻る、その為」 「……」 あぁ、まんまとやられた。ガタンガタン、音を出しながら列車が走る。外の景色が流れるのを見ながら、山に消える太陽を見た。いつの間にか1日が終わろうとしている。 アトラスが来て、説得されてからまさかこんな早く戻る事になるとは思わなかった。 「フィン」 「ん、あぁ?なに、アトラス」 向かい合わせの列車の席でアトラスが声をかけてくる。 「フィンの匂いがしない」 「匂い?」 「海の匂い」 それは潮の香り、か?いつも海に入っていたから、染み付いていたのか。けどそれは言い方を変えると臭う、と言う事であって。結構香水とか付けてたんだけどな。 「どうせ戻ったら…………、」 言いかけて、やめる。ズボンに隠れる足の違和感を思い出したから。もう、海に入る事は無い、と決めただろ。きっと虚しくなる。以前のように上手く泳ぐ事も、波を見て高揚する事もない。アトラスに言われて戻りはするけど、戻るだけだ。 「フィンの匂い、好きだ」 「……ごめん、もう……海には…、アトラス…顔、近くないか?」 「だってキスするのは、近付かないと出来ない」 「おい、列車だぞ、」 「ちゅ、って…するだけ、」 「お前って奴、は、…ッん、」 いつの間にか近付いたアトラスに顔を大きな両手で優しく持たれて、僅かに上を向かされて唇を食むようにキスをされる。 ちゅ、てするだけ、とか、言うか?そんな図体してる癖に、甘えれば何でも許されると、……実際許してしまっているけど。だって、力じゃ敵わないんだから、強引にキスすればいいのに…。 けれど許してしまうのは、アトラスはそんな事しないって知っているから。何時だって、何時でも、甘えてすり寄って、優しく波に乗せるから。 「ァ、っぅン」 「……ん、」 食んだだけで本当に離れようとするから、思わず唇を追った。
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