第一章 帝国の陰影Der Schatten des Reiches(4)

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 そこでフォルカーは書類の入ったファイルを、卓上にやや乱暴に置き直した。  否、“叩きつけた”と表現すべきかもしれない。帰り支度をしていた他の将官達がその音に驚き、こちらを振り返る。  リンケとフォルカーが友誼と程遠い関係であることは周知の事実だ。こちらに向けられた視線の多くは、『また喧嘩が見られるぞ』と言わんばかりの好奇の眼差しだった。  フォルカーは極力部外者に声が漏れないよう、リンケに対し間を詰めた。 「息子が元気になったかだと…よくそんな質問ができるなリンケ。誰のせいでああなったと思っている?  元はといえば、あのマルツコフとかいう白クマ(アイスベア)の二重間諜を見抜けなかったお前ら公安局の不手際だろう。そいつと組まされていた息子はむしろ被害者だ」  リンケは大仰に眉を跳ね上げ嘲笑の表情を作った。 「ハハ、君こそ本気で言ってるのか?どこまで親馬鹿なんだ。息子を庇いたい気持ちは分かるがね、露側の組織に拘束されたのは明らかに、彼(ユリウス)個人の失態だ。  そのまま見殺しにしてやっても良かったが俺は助けを寄越してやったんだぞ。  いいかエーベルト、お前の不甲斐ない息子を救出するのに公安部隊(こちら)が何個小隊犠牲にしたと思っている?」 「作戦の拙さを要救出者のせいにするのか?公安局内にソ連のクマ野郎をのさばらした尻拭いを貴様と第六師団(ザイフリート)がするのは当然だろう」 「間違えるな!お前の息子の尻拭いだ」  リンケは爪先立ち、喰ってかかって来る。どうも相手につられて俗な口論になってきている感は否めないが、侮辱されて黙って引き下がるフォルカーではない。  更に言い返そうと口を開いた時、後方から「オッホン」と咳払いがした。  肩越しに視線をやると斜め後方に、自分の副官ティールマン少佐が立っていた。  少佐は右腕を伸ばして肘を張り、その指先を左胸に当てる“親衛軍式の敬礼”をしてから、 「お話し中失礼致します。中将閣下、お急ぎになりませんとこの後も予定が詰まっております」 と割って入って来る。言葉に出したのはそれだけだが、表情はもっと物言いたげだ。  少佐に促され、フォルカーは鼻白んで再び書類を手に取った。 「ああ、そうだったな…」  冷静に立ち戻ったのはリンケも同様であるらしく、フンと捨て台詞めいた鼻息を漏らすと先に議場を出て行った。
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