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聡也は帝都の、神秘的とも呼べる情景に一瞬で魅入られた。
落ちゆく陽の光が、建造物の赤茶の屋根ゝをやわらかな蜜柑色に染め上げる様。
その夕焼の蜜柑色が、東の地平から伸びてくる藍夜に徐々に浸食されてゆく様。
帝都伯林は夜景とも夕景ともつかない絶妙なコントラストの中にあった。
遙か地平へ眼を向けると、郊外の民家の屋根ゝには雪が融けずに残っているのが見える。白い雪も夕陽を浴びてオレンジ色に耀いている。
そしてあれは都の中心部だろうか、無機的なビルのような建物も垣間見えるが、この国では昨今まで宗教的な理由で教会よりも高い建物が禁じられていたというから、その数は圧倒的少数だ。
それよりも人形の家々のように木組み建築の並ぶ郊外の光景は、幼い頃に読んだグリムやヴィッセルなどの民話集の挿絵そのものの景色で、聡也の不安に満ちた心をずいぶんと和ませた。
着陸するまでのたった数分間の光景だけれど、その暮景は忘れてしまうには、あまりに美しすぎる眺めだった。たぶん、飛行機からの俯瞰でなければ、これだけ見事な夕焼けは見られない。
聡也が思わず感嘆の吐息を漏らしたために、小窓がぼうと白く曇った。
もっと外の景色を見たくて、窓を拭こうとハンカチを探すうちに、機体はぐんぐんと降下してゆく。
暮れ滞む都の大気を、無機質な白翼で鋭利に切り裂きながら。
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