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フォルカーは別の出口から退出しながら、ティールマン少佐に聞こえるようにだけ評した。
「なんて陰湿で嫌味で鬱陶しい奴だ」
「たぶんあちらも中将閣下のことをそう思っていますよ、」
応じるティールマン少佐は苦笑混じりだ。
「おまけに声まで甲高くていちいち耳障りだ。他にも癪に障る点を挙げたらきりがない」
「公安局長のことをそこまでお嫌いでしたら、いちいち真面目に対応しなければよろしい」
「だが奴のほうがふっかけてきたんだぞ。わざわざ息子の件を持ち出してだ。奴は息子の件で、私に一つ貸しが出来たとでも思っているのだろう。あんなことで優越感に浸れるとは残念極まりない男だな」
「そこまで冷静に洞察できておられるのにあんな人前で易々と、売られた喧嘩を買いそうになっている中将もたいがいです。御子息のこととなると自制心をお忘れになるんですね――」
フォルカーはほぼ同じぐらいの高さにある少佐の頭を、書類の束でかるく小突いた。
「エーリッヒ、お前はいつからこの私にそんな口の利き方をするようになったんだろうな? …――ところで、次の予定は何だった。このあとは例の晩餐会か?」
「はい、19時から。執務室に戻り略礼軍装にお召し替えになる間に、車を司令部の下に回しておきます」
「……下らんな」
「晩餐会が、でしょうか?外国の国賓方と面識を得る絶好の機会ですよ」
「フン、われわれ中将クラスなどしょせん晩餐会の頭数に過ぎんさ」
「中将、お声が大きいです」
フォルカー・エーベルトの雑言を、ティールマン少佐は靴音で隠そうとした。廊下にはコツコツと、小気味良い革軍靴の音が鳴り響く。
この日の晩には、ヴィルケ外務大臣の主催による夕食会が予定されていた。党大会の来賓を多数迎えてのパーティである。フォルカーは親衛軍中将として出席せねばならない立場であるが、会場で結局、公安局長リンケとふたたび顔を合わすことになるのかと思うと忌々しい気分になった。
総統の出席しないディナー会であるので略礼軍装でよい、との通達であるが、略礼軍装に身をつつんではりきった所で、中将クラスのフォルカーが外国の国賓らと言葉を交わす場面などまず巡って来ないだろう。
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