第一章 帝国の陰影Der Schatten des Reiches(4)

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「仕方ない。小一刻だけだ。20時には会場を出るから車はそのまま待機させておけ」 「…立食形式とは聞いておりませんが、途中退席なさって宜しいのですか」 「防衛局は党大会の設営の最終段階に入ってるんだ。何せ多忙を極めているからな」  フォルカーは少佐の肩を叩く。 「と、そういうことにしておけ。一応顔だけは出すんだ。『悪たれディーター』のようにこれみよがしに出席拒否(サボタージュ)して上への印象を悪くする積もりはない」 「当然です。グライフェルト大将のように悪目立ちなさるのは得策ではありません。では私は一旦これで。下でお待ちしております」  副官といったん別れたフォルカーは、自分の局長室のクロゼットを開けて晩餐会用の略礼軍装に着替えた。  後ろで束ねていた長い金髪を解き、丁寧に結び直す。  親衛軍にも数千人に及ぶ将校がいるが髪を伸ばしている者は稀有だ。結ぶほど長いのは、恐らく自分ぐらいだろう。  その髪型が『理想的ゲルマニカ人血統』と評されるフォルカーの、トレードマークでもあった。  身嗜みを整える間、彼は入院中のユリウスのことを考えた。 (そろそろティールマンに、様子を見に行かせなければならんな…)  息子に失望し、しばらく連絡を断っていたのは事実だが、かといって完全に見放すわけにもいかない。  副官の業務の範疇を越えて、息子の薬物療養先の世話を引き受けてくれたティールマンにはいずれ礼をせねばなるまい。  少佐の隠密かつ迅速な対処のお陰で、ユリウスの件は必要以上に他人に知られることなく済んでいる。息子が軍人として復帰するにせよ、薬物患者として落伍してゆくにせよ、できれば経歴のマイナス材料は伏せておくに限る。経歴というのは無論フォルカー自身のだ。  息子の任務での失敗は(それが些細なものだったとしても)フォルカー・エーベルトにとっては、自分の人生のノートの片隅にすら記録したくない『汚点』なのだ。 (元はと言えば公安部員などになったのも、私の影響下から逃れる為だったな。私を嫌悪するのも軽蔑するのも構わん。お前の好きなようにするがいい、ユリウス。だがお前はまだまだこれからの人間だ。人生を諦めるには、早すぎるだろう)  ユリウスが復帰してくることを望む気持ちに偽りはない。  当たり前だ。息子の存在を、人生の汚点などと評したい父親がどこにいるというのだ。
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