第一章 帝国の陰影Der Schatten des Reiches(5)

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 巨大なシャンデリアの光が円く穏やかに広間に落ちている。  銀のカトラリーと食器の擦れあう音が、雑談の声と混ざり不協和音となって『菩提樹の間』に響き渡る。  ヴィルケ外務大臣主催の晩餐会の席上。  首都防衛局長フォルカー・エーベルトSW中将は、先ほどの会議と大差のない晩餐会の席次に内心で辟易していた。周囲はお馴染の中将級で占められている。斜め向かいには、さきほど舌戦になった忌々しい公安局長リンケの姿もある。  せめて食事ぐらいは楽しもうとフォークを手にしたが、前菜で出てきたカナペの上にはフォアグラとともに、彼の憎んでやまぬ青葱のソテーが鎮座していた。  彼は一刻も早く晩餐会を抜けたかった。しかしまだ早すぎる。  そこでフォルカーは表面上は酒気を帯びた風を装い、冷えた白のシュタイガーベルク・ビーリンゲン・シュペトレーゼをグラスの中で揺らし、暇潰しに人間観察に勤しむことにした。  出席者は三桁に及び、そのすべてが盛装した軍関係者と党大会の来賓で占められている。給仕の数だけでも百名近い。料理人も国じゅうの有名ホテルの料理長を、党大会開催のために呼び寄せたらしい。  何といっても国内最高級ホテルの大広間を貸し切って行われているのだから、党大会の口火といえるこの晩餐会だけで、莫大な無駄金(、、、)が動いていることは想像に難くない。だがここにいる者らの殆どがそんな無粋な事にはこだわらず、姦しく話に華を咲かせ飽食に耽るのだ。  まったく時間と金の浪費以外の何物でもないではないか? この晩餐も、党大会そのものも。  4年ぶりの党大会では党員による総統への信任投票が行われるが、独裁政権である以上結果は9割9分以上明白だ。それから『圧倒的信任票によって党代表に再選された総統による』演説、一般民衆向けの華やかなパレードと続く。軍関係ではゲルマニカ海軍による観艦式、親衛軍による観閲式と陸上模擬戦闘が目玉行事で、これらの日程を全てこなすのに三日間を要する。  首都防衛司令官として、その党大会運営の限りなき中枢に、フォルカーは身を置いている。党の内情をじつに醒めた視点から袖手(きょしゅ)傍観している、というのが彼の基本スタンスである。にも関わらず、民衆に党力を示すためだけのその一大行事を、何としても成功させねばならない立場なのだ。  これを皮肉と呼ばずして何と呼ぼう?自嘲も漏れようというものだ。
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