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フォルカーは手元のワイングラスに映り込む人影に目を留めた。主催者ヴィルケ大臣の向かいに座る、東アジア系の彫深な風貌の男。席次からいうと今宵の主賓格というわけだ。
(黒髪黒目に大礼服……、あれが、大日本皇国外務大臣、侯爵タカハラか。
――皇国人は小柄な人種だと思っていたが、随分と体格も良いじゃないか。
それにあの“気”―――。只者ではないな。ただ座って談笑しているだけなのに、辺りを払うような鋭い威風を漂わせている)
その夜、皇国陸軍大将の大礼服に身を包んだ鷹原千歳は、フォルカーら親衛軍将校たちの視線をも惹きつけずにはいられないほどの英気と品格とを帯びていた。カトラリー類を動かす挙措からも、上流階級の出自であることは明らか。
視線は会食中のヴィルケの方を向いているが、背中にも隙が感じられない。
フォルカーは横目で鷹原千歳を観察していた。距離は十メートル以上はゆうに離れていただろうか。
漠然とではあるが、フォルカーはこの優雅な皇国華族に自分と同じ気配――何やら同じ匂い――を感じていた。鷹原千歳は目的の為ならばどんな手段も厭わない戦略家の目をしていた。そして金モールの肩章あたりからは、危険ともとれるまでの“覇気”が滲み出ている……。
隣席に座っていた親衛軍教育局長・マイスナーSW中将が肩を寄せ、小声で声を掛けてくる。
「エーベルト。きみもヘル・タカハラが気になるのか?」
「気になるもなにも私は首都防衛と要人警護の指揮官だよ。彼ら国賓の滞在中の警備に、第五師団からすでに相当数の兵力を割いている。あの華麗な皇国の壮士がぶじに極東の島へ帰還してくれるまでは、気にしないわけにはいかないだろう」
「この晩餐会の席でまで、一警護部隊の配置の事を気にしているのか?第五師団の実務方に任せておけば手抜かりがあるはずはないだろう。きみって奴は本当に糞がつくほど真面目だな」
マイスナーSW中将は肩を竦め、
「……ところでヘル・タカハラはこの席には御子息を連れてきていないようだね」と殊更声を低めた。
「ああ……そのようだな」
そういえばタカハラ侯爵の息子がこちらに長期留学する旨、連絡を受けていたな……とフォルカーは思い出す。党大会に合わせて連れてきているのだったか。
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